レールの上の「合格圏内」――バビロニア冒険者大学受験記
見難い火傷の子207
レールの上の「合格圏内」――バビロニア冒険者大学受験記
――青銅の時代。
深淵ダンジョン第十六エリア、第四紀完新世層
この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。
朝のバビロン中央駅。
「メソポタミア鉄道」と「バビロニア鉄道」が交差するこの巨大なハブは、今日、ひときわ独特な熱気に包まれていた。
「……よし。受験票はある。筆記用具、予備の魔力ポーション、それから……」
アケメネス幕府の地方都市からやってきた少年、アルトは、震える手で鞄の中身を確かめた。
彼が乗るのは、エジプト発エクバタナ行き、バビロニア鉄道第四〇二便。
目的地は、世界最高峰の知と技術が集まる学府――バビロニア冒険者大学だった。
列車は定刻通り、一秒の狂いもなくホームへ滑り込んでくる。
巨大な「なまけもの技術」を転用した車両は、生き物のように静かで、乗り込む者をやさしく包み込んだ。
アルトは座席に深く腰を下ろし、ビーズクッションの感触に小さく息をつく。
「これなら……読める」
そう呟いて、彼は匠一が設計した『基礎魔導力学』の教科書を開いた。
かつてアケメネスの街道を馬車で進めば、数分で文字は踊り、参考書どころではなくなっただろう。
だが、この列車は違う。揺れない。
机の上に置いた文字が、そのまま文字として読める。
やがて車内アナウンスが流れた。
「次の停車駅は、バビロン大学前。定刻通りの到着予定です」
アルトは、この「予定」という言葉が好きだった。
予定通りに着く。
努力した時間が、そのまま試験会場に届く。
そのことが、ひどく信頼できた。
「バビロンの時間は、嘘をつかない。僕が努力した時間と同じだ」
通路を、販売ワゴンを押したタリアが通りかかる。
「受験生限定! 『合格祈願・カツ弁当』いかがですかー? 脳に効く糖分たっぷり、シュワシュワ付きですよ!」
アルトは思わず手を挙げた。
差し出された弁当は湯気を立て、香ばしい匂いを漂わせている。
こういう商品ひとつにも、きっとベリアル将軍の計算があるのだろう、とアルトは思う。
優秀な受験生が試験前に空腹で倒れるのは、国家にとって損失だ。
安価で高品質な食事を供給し、合格率を底上げする。
それは将来の高付加価値な労働力を育てるための、先行投資なのだ。
アルトが肉厚のカツを口に運ぶと、隣の席の少女が声をかけてきた。
「それ、美味しい? 私もバビロン中央駅で買えばよかった」
少女の胸元には、リディア王国の紋章があった。
「リディアから来たの?」
「ええ。メソポタミア鉄道で国境を越えて、バビロンで乗り換えてきたの。昔なら、一生かかっても辿り着けなかった場所なのに」
アルトは思わず窓の外を見る。
そこには並走するように走る「軍用なまけもの君」の姿があった。
かつては恐怖の象徴だったものも、いまでは受験生にとって「時刻表を守ってくれる警備員」に過ぎない。
列車がゆっくりと減速を始める。
窓の向こうに、白亜の校舎が見えてきた。
バビロニア冒険者大学――そこは、地方の少年少女が未来を賭けて辿り着く場所だった。
「……着くぞ」
アルトは立ち上がり、背筋を伸ばした。
受験票を握る指先には、まだ少し汗が滲んでいる。
ホームでは、かつての教官カウリが、緊張した面持ちで降りてくる若者たちを見つめていた。
「……規律を持って歩けとは言わん。だが、その列車が運んできた利便性に見合うだけの答えを、試験紙に叩きつけてこい」
その言葉に、受験生たちは無言で背筋を伸ばす。
一方その頃、大学近くの屋台では、リーダーが駅弁の新作を試食しながら呟いていた。
「……まあ、電車の中で勉強できるくらいには、世界を静かにしておいたからな。あとは勝手にやってくれ」
やがてホームに、到着のアナウンスが響く。
「バビロン大学前、到着。お忘れ物のないよう、未来へお進みください」
鉄道が運んだのは、ただの受験生ではない。
この世界の次の時代を設計する者たちだった。
アルトが合格し、いつか彼自身が新しい「なまけもの技術」を設計する側に回る日も、きっと遠くない。
列車は今日もまた、未来を定刻通りに運んでいく。
………
バビロン冒険者ギルド本部・1階カフェテリア「深淵の炉端」。朝6時45分。
まだ薄暗いギルドホールに、深淵珈琲の豊かな香りが漂い始めていた。
爆炎パーティのリーダー、匠一(5歳)は、カウンター席にちょこんと座って、両手で大きなマグカップを抱えていた。
「ふう……」熱々の深淵珈琲を、慎重に一口。
少しだけ眉を寄せて、でもすぐに頰が緩む。
「今日も……美味しい」深淵珈琲は、ダンジョン最深部で採れる希少な魔力豆を丁寧に焙煎した、ギルド自慢の朝限定メニュー。
苦味とコクの奥に、ほのかな甘みと「疲れを溶かす」ような魔力の余韻がある。
タリアが隣に座りながら、微笑んだ。「リーダー、今日も深淵の黒をストレートで? モーニングサービス、
ちゃんと卵とトーストも食べなきゃだめだよ」「うん……食べてる」匠一はフォークでスクランブルエッグを小さく切り分け、口に運ぶ。
もう片方の手はマグカップを離さない。ベリアルが向かいに座り、ミルク多めの深淵珈琲を啜りながら言った。
「リーダー、昨日も遅くまで車両基地にいただろ。
5歳児があんまり頑張りすぎると、火傷の痕がまた疼くぞ」
「平気……この珈琲飲むと、ちょっと楽になるんだ」
匠一はカップに顔を近づけ、湯気ごと深く吸い込んだ。深淵珈琲の香りは、彼にとって特別だった。
火傷で疼く胸や手首が、ほんの少しだけ和らぐ気がする。
それに、このギルドのモーニングサービスは、爆炎パーティの朝のルーティンになっていた。
「今日の列車も、定時で飛ばすよ」小さなリーダーは、トーストを頰張りながら真剣に宣言する。
タリアが匠一の頭を優しく撫でた。「えらいえらい。
でも無理はしないでね? リーダーが倒れたら、みんな困るんだから」ベリアルが笑いながらマグを掲げる。
「深淵珈琲で一息ついて、今日も世界を『便利に燃やす』か」三人(と一人の5歳児)の小さな朝の時間。
窓の外では、朝陽を浴びた「なまけもの線」の列車が、静かにホームに滑り込んでいく。匠一は最後にカップの底まで飲み干し、
小さく「はあ……」と満足げな息を吐いた。「よし……行こうか」まだ少し眠そうな目で立ち上がる小さな背中。
でもその手は、今日も確かに世界を動かすための火を握っていた。深淵珈琲の余韻を胸に、
爆炎パーティの朝が始まる。
………
かつてのアッシリアは、シュメールとバビロニアを繋ぐ道を武力で支配する「壁」でした。
設計変更: 匠一が引いたレールは、そのアッシリアを「通り抜ける障害物」ではなく、
**「巨大なハブ(集積地)」**へと書き換えました。
アッシリア駅の光景: かつての戦車が並んでいた場所には、
今や「なまけもの君トラック」の積載用ホームが並び、アッシリア兵たちは「駅の警備員」として、
定時運行を守るための最強の武力(規律)を発揮しています。
2. 受験生・アルトが通る「アッシリア越え」
アケメネスからバビロニア大学へ向かうアルトにとって、アッシリアは「難所」ではなく「景色」になりました。
車窓のデバッグ: 「……ここが、かつて地上最強と言われたアッシリアか」。
窓の外を流れる強固な城壁と、その横を並走する最新の「バビロニア鉄道」。
アッシリア名物「強兵弁当」: おそらくアッシリア駅で積み込まれる駅弁は、
他よりも肉の密度が高く、食べれば「集中力が8倍になる」ような、受験生に過酷なスタミナ食のはずです。
3. ベリアル将軍の「地政学的チェックメイト」
ベリアルにとって、シュメールとバビロニアの間にアッシリアを組み込むことは、
**「供給網の冗長化」**を意味します。
ベリアルの帳簿: 「アッシリアを鉄道の『中継サーバー』にすることで、南北の通信(物流)速度が15%向上した。
彼らの武力を『警備コストの削減』に転用できたのは、極めて高い黒字案件だ」。




