表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
見難い火傷の子  作者: 清風
208/557

メソポタミア博覧会

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子208


メソポタミア博覧会


――青銅の時代。

深淵ダンジョン第十六エリア、第四紀完新世層

この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。


メソポタミア博覧会の開幕を目前に、各国から集まった人々が会場へと押し寄せていた。

巨大な駅舎には幾重もの言語が飛び交い、列車はひっきりなしに到着と出発を繰り返す。


蒸気と熱気に包まれたホームでは、荷を抱えた旅人たちが肩をぶつけ合いながら前へ進んだ。


それは――始まりの熱。


この博覧会のすべてを象徴する光景だった。


誰もが同じ方向を見ている。

この時代最大の催し――メソポタミア博覧会の門へと。


その熱は、まだ入口に過ぎなかった。


外に出れば、色とりどりの国旗を掲げたバスが列をなし、車体には異国の文字と紋章が躍る。

呼び込みの声、笑い声、子どものはしゃぎ声――それらが混ざり合い、街全体がひとつの巨大な祭りのように脈打っていた。


メソポタミア博覧会は、単なる催しではなかった。

それは各文明の技術、文化、誇りが交差する「時代の交差点」である。


その会場へと向かう公共交通網は、かつてない規模で動員されていた。

鉄道は臨時便を増発し、遠方の国々からも直通列車が乗り入れる。

バス路線は新設され、都市の外縁から中心部まで、絶え間なく人を運び続けていた。


結果として、駅と停留所は「国境のない場所」と化す。

肌の色も、衣服も、言語も異なる人々が、ただ一つの目的のために同じ列に並んでいた。


それは争いではなく、共に見るための行列だった。


「……なんだ、この人の数は」


思わず足を止めた。駅前広場はすでに人で埋まり、バス乗り場には長蛇の列。

列車から吐き出される人波が、途切れる気配すらない。


「全部、博覧会かよ……」


見上げれば、巨大な案内板に各国語で同じ言葉が書かれている。


『――メソポタミア博覧会、こちら。』


胸の奥がわずかに高鳴る。

この群衆の先に、自分の知らない世界が待っている――そんな予感がした。


さらに、会場の一角では――バビロニア大サーカスが幕を上げていた。


巨大な天幕は遠目にも分かるほどの規模で、色鮮やかな布が風をはらみ、まるで生き物のようにうねっている。

入口には各国の観客が押し寄せ、曲芸師や猛獣使いの名を叫ぶ呼び込みの声が響き渡った。


太鼓と笛の音が混ざり合い、異国の旋律が空気を震わせる。

火を噴く芸人、空中を舞う軽業師、そして見たこともない獣たち――。


メソポタミア博覧会が「文明の集積」だとすれば、

バビロニア大サーカスは「人の夢と狂騒」をそのまま形にしたものだった。


駅やバス停から始まった人々の波は、やがてこの天幕へと吸い寄せられていく。

歓声が上がるたび、街の熱はさらに一段、上がっていった。


「……あれが、サーカスか」


人混みの向こう、ひときわ大きな天幕。

派手な旗がはためき、入口では火の輪をくぐる獣の絵が掲げられている。


「バビロニア大サーカス、本日開演! 世界一の空中曲芸!」


呼び込みの声に、足が勝手に引き寄せられる。

列車やバスで疲れていたはずなのに、不思議と足取りは軽い。


遠くから歓声が上がった。

――何かが、始まっている。


「……ちょっと、見ていくか」


気がつけば、群衆と一緒に天幕へと向かっていた。


サーカスの天幕を抜けた先には、ずらりと出店が立ち並んでいた。


香ばしい肉の焼ける匂い、甘い菓子の香り、香辛料の刺激的な匂いが入り混じり、空気そのものが濃くなる。

呼び込みの声が四方から飛び交い、異国の言葉が渦を巻いていた。


客たちはまるで堰を切った水のように店へと押し寄せる。

串焼きを手に笑う者、珍しい酒に目を輝かせる者、見慣れぬ料理に戸惑いながらも手を伸ばす者――。


貨幣の音と笑い声が絶え間なく響き、

その一角だけが、まるで別の都市のように脈打っていた。


出店の列に、人の波がぶつかる。


「こっちだ! 焼きたてだぞ!」

「並べ! 押すな、押すな!」


肩と肩がぶつかり、流れに逆らうことはできない。

気づけば手には串焼きが握られ、隣では誰かが笑い、さらに奥から新しい匂いが引き寄せてくる。


立ち止まる暇などない。

この場所では、流されることすら楽しみの一部だった。


「……すごいな」


思わず息を呑んだ。

道の両側に並ぶ出店、そのすべてに人が群がっている。


焼き肉の煙が目にしみる。

甘い蜜の匂いが鼻をくすぐる。

見たことのない果実や、色鮮やかな菓子が並び、どこを見ればいいのか分からない。


「一体、どれだけの国が来てるんだ……」


誰も彼もが手に何かを持ち、笑っている。

この場所では、国の違いも言葉の違いも関係ない。


ただ――「美味いものを食う」という一点で、全員が同じだった。


天幕の中では、すでに演目が最高潮を迎えていた。


咆哮を上げる猛獣が、調教師の一振りで火の輪をくぐる。

観客席からどよめきと歓声が湧き上がり、熱気が一気に膨れ上がった。


続いて、頭上では浮遊ブランコ。

重力を忘れたかのように、軽業師たちが空中を舞い、手と手が一瞬でつながるたびに悲鳴にも似た歓声が弾ける。


そして――場内の空気が変わった。


「さあ登場だ! なまけもの君!」


間の抜けた呼び声とともに現れたのは、どこか気の抜けた表情の不思議な生き物。

だが次の瞬間、その体は信じられない動きで宙を滑り、回転し、綱を渡る。


観客の笑いが驚きへと変わる。


ゆるやかな仕草と、常識外れの動き。

その落差が、場内の熱狂をさらに押し上げていった。


「……嘘だろ」


猛獣の曲芸までは理解できた。

浮遊ブランコも、まあ魔法だと思えば納得はできる。


だが――


「なまけもの君って、あれ……」


だらりとした体つき、やる気のなさそうな目。

どう見ても、動きの鈍い生き物にしか見えない。


それが、次の瞬間には空中で三回転していた。


「速っ……!?」


観客席が爆発したように沸く。

笑い声と歓声が混ざり合い、誰もがその奇妙な芸から目を離せない。


外装に毛皮を模した装飾を施した、自動二足歩行車――オートなまけもの君。


ゆったりと腕を振る仕草、のろのろとした歩み。すべては精巧に計算された演出だ。

しかし次の瞬間、その内部機構が本領を発揮する。


関節が静かに唸り、駆動音をほとんど響かせぬまま、一気に加速。

重力を無視したかのような跳躍で宙へ舞い上がる。


鈍さを装った俊敏。

そのギャップが、観客の意表を完全に突いた。


笑いは驚きへ、驚きは熱狂へと変わる。

それが、このサーカスの狙いだった。


「……なるほど、機械か」


よく見れば、毛並みの隙間から金属の継ぎ目が覗いている。

あれは生き物じゃない――乗り物だ。


「オート……なまけもの君、か」


名前とのギャップに思わず苦笑する。

だが性能は笑えない。


ゆっくり歩いていたかと思えば、次の瞬間には空中ブランコへと跳び移る。

しかも、ほとんど音がしない。


「……あれ、軍用にも使えるんじゃないか?」


ふと浮かんだ考えに、自分で少しだけ背筋が冷えた。


ぬいぐるみに子ども殺到

高性能駆動(魔導 or 蒸気+歯車)仕掛け

有人/半自動/完全自動(用途で変更可)

軍事転用可能も出来そう。


球形の籠の中で走りまくる。


「続いては――鋼の疾走だ!」


舞台中央に、巨大な球形の籠が据えられる。

格子状に組まれた金属の球体。その中へと、オートなまけもの君がゆっくりと歩み入った。


一瞬の静寂。


――次の瞬間、世界が弾けた。


内部を、縦横無尽に走り回る。

重力を無視するかのように、壁面を駆け上がり、天井を走り抜け、再び地へと戻る。


球体の内側を円を描くように、いや――円ですら足りない速度で、軌道が幾重にも重なる。


観客の目が追いつかない。

ただ、金属の軌跡と風圧だけが残る。


鈍重を装った存在が見せる、常識外れの機動。


歓声が、悲鳴に近い高さへと跳ね上がった。


「……あれ、止まれるのか?」


思わず呟いた。


球形の籠の中で、オートなまけもの君が暴風のように駆けている。

下も上も関係ない。ただ、ひたすらに走り続けている。


「速すぎるだろ……!」


目で追おうとした瞬間には、もう別の場所にいる。

壁を走っているのか、落ちているのかすら分からない。


だが――


ふと気づく。

あの軌道、すべて計算されている。


無秩序に見えて、完璧に制御された動き。


「……やっぱり、ただの見世物じゃないな」


背筋に、わずかな緊張が走った。


「――三台、投入!」


歓声が一瞬でざわめきに変わる。


球形の籠の中へ、さらに二台のオートなまけもの君が滑り込んだ。

合計三台。


次の瞬間――


爆ぜた。


三つの影が同時に走り出し、球体の内側を縦横無尽に駆け巡る。

壁、天井、床――すべてが走路と化し、軌道が交錯する。


交わる。

離れる。

また、交わる。


あわや激突――そう見えた瞬間に、紙一重でかわす。


そのたびに、観客席から悲鳴が上がる。


ギィィィン、と金属が軋むような音。

そして――遅れて襲う、けたたましい爆音。


三台の駆動が重なり合い、音の塊となって空間を震わせる。

空気そのものが叩きつけられるように揺れ、胸の奥にまで響く。


もはや曲芸ではない。

暴走と紙一重の、極限の制御。


それでも――一度として、触れない。


完璧すぎる軌道が、逆に恐怖を呼び起こしていた。


「……やばい……!」


思わず声が漏れた。


三台が同時に走る。

速さだけじゃない。軌道が重なりすぎている。


「ぶつかる……!」


そう思った瞬間には、もうすれ違っている。

しかも、ほんの指一本分の距離で。


耳が痛い。

爆音が、鼓膜だけじゃなく体の内側まで叩いてくる。


それでも――


「……一度も、ミスしてない」


偶然じゃない。

あれは完全に制御されている。


「……なんだよ、この技術……」


歓声の中で、自分だけが少しだけ冷えていた。


最後の演目が終わると、天幕の中に一瞬の静寂が落ちた。


――次の瞬間。


舞台袖から、団員たちが一斉に姿を現す。

猛獣使い、軽業師、道化師、そしてオートなまけもの君までもが整列し、中央に並んだ。


照明が彼らを照らし出す。


一拍の間を置いて――深く、礼。


その瞬間、堰を切ったように音が爆発した。


観客が総立ちになる。

椅子が鳴り、足音が重なり、天幕全体が揺れる。


割れんばかりの拍手。

歓声と指笛、笑い声が渾然一体となり、空間を埋め尽くす。


誰もが手を叩いている。

誰もが笑っている。


この場にいた全員が、同じ時間を共有した証のように。


拍手は、いつまでも鳴り止まなかった。


「……すごかったな」


気づけば、自分も立ち上がっていた。


手が痛い。

それでも、叩くのをやめる気になれない。


舞台の上では、団員たちが何度も頭を下げている。

さっきまで空を飛び、猛獣を操り、あの狂った機動を見せていた者たちが、今はただの“人”としてそこにいる。


「……なんか、いいな」


言葉にできない感情が、胸の奥に残る。


ただ楽しかっただけじゃない。

どこか、誇らしいような――そんな感覚。


拍手はまだ続いている。


この時間が、終わってほしくないと願うように。


「それは、時代がひとつ前へ進んだ音だった。」

「この夜の熱は、やがて歴史に刻まれることになる。」

「そして彼らは、次の舞台へと歩き出す。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ