ファラオとピラミッド
見難い火傷の子205
ファラオとピラミッド
――青銅の時代。
深淵ダンジョン第十六エリア、第四紀完新世層
この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。
遭遇する——その瞬間だった。
視界が、ぶれた。
焦点の合わない目で世界を見ているかのように、景色が二重にズレる。
自分たちがいる。
向こうにも、いる。
重なっているのに、重なりきらない。
足音が、二つ分響く。
声が、二つに割れて意味を結ばない。
「……っ、何だ、これ……!」
誰かの叫びが、遅れて重なった。
次の瞬間。
——ぴたり、と止まる。
ズレが、消えた。
そこにいたのは——
一組だけだった。
沈黙が落ちる。
誰も、減ったとは思っていない。
だが何かが、確実に「整えられた」。
その違和感を言葉にできないまま、一行が顔を上げた、その時だった。
「ようこそ」
声は、すぐ近くから聞こえた。
振り向く必要すらなかった。
最初から、そこにいたかのように。
白い石柱の間。
逆光の中に、一人の男が立っている。
王座はない。
玉座もない。
ただ、そこに立っているだけで、空間そのものが整っている。
「我が国へ。秩序のもとへ」
静かな声だった。
だがその一言で、風の流れも、光の角度も、そして人の立ち位置さえも、わずかに揃う。
キュロスが目を細める。
ハンムラビが、わずかに笑った。
「……出迎えとはな。これは礼か、それとも支配か」
ファラオは答えない。
ただ一度、一行を見渡し——
「すでに一つに収まりましたね」
とだけ、告げた。
背筋に冷たいものが走る。
誰も、その意味を問い返さなかった。
「ピラミッドは、見ましたか」
問いというより、確認だった。
ハンムラビが肩をすくめる。
「いや、まだだな。着いたばかりでな」
わずかな沈黙。
「そうですか」
ファラオは踵を返した。
案内する、とは言わない。
だが次の瞬間、誰も指示していないのに、一行の足は自然と同じ方向へと向いていた。
「来るべき場所へ」
逆らうという発想そのものが、最初から存在しなかったかのように。
歩く。
だが、距離の感覚が曖昧になる。
進んでいるはずなのに、風景がほとんど変わらない。
ふと振り返ると、通ってきたはずの道が——ない。
気づいた時には、すでにそこに立っていた。
純白の巨塔。
鏡のように磨き上げられた石灰岩が、太陽の光を鋭く反射し、視界を焼く。
その頂には、黄金が輝いていた。
ピラミッド。
それはもはや建造物ではなく、世界に突き立てられた幾何学的な意志だった。
その周囲には、無数の白い塔が林立している。
針のように細く、天を縫い止めるかのように伸びるそれらは、すべてが完全な間隔で並んでいた。
影は真っ直ぐに落ちる。
一分の狂いもなく、同じ角度で。
「……あれは」
タリアが息を呑む。
ファラオが答える。
「あれは境界です。世界が崩れぬよう、留めている」
視線が、ピラミッドへと戻る。
「そして、こちらが——」
わずかに間を置き、
「整えるための装置です」
沈黙。
ベリアルが低く呟いた。
「……だから、か」
キュロスが続ける。
「統治ではないな。これは……調整だ」
ハンムラビは笑った。
「法ですらない。“世界そのもの”か」
ファラオは、否定も肯定もしない。
ただ、ピラミッドの入口へと歩み寄る。
「中に入れば、分かります」
その言葉に、重みはない。
だが——拒否する余地もまた、存在しなかった。
入口は、すでに開いていた。
まるで、最初からそうであったかのように。
ファラオは振り返ることなく、内部へと足を踏み入れる。
「では」
わずかに声だけが残る。
「“正しい形”を確かめましょう」
一行は、その後に続いた。
そこが——自分たちが「どちらであったのか」を知る場所だとも知らずに。




