ファラオが統べる国
見難い火傷の子204
ファラオが統べる国
――青銅の時代。
深淵ダンジョン第十六エリア、第四紀完新世層
この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。
列車の揺れが、さっき一度味わったもののように思えた。
紅海トンネルの闇を抜け、列車が地上へと躍り出た瞬間、乗客たちの視界は**「白」**に焼き尽くされた。
「うわっ、眩しっ!?」
アンナが腕で目を覆う。
車窓に広がっていたのは、見渡す限りの黄金の砂漠……ではない。
そこは、ナイルの氾濫がもたらした**「極彩色の緑」と、
天を突く「純白の巨塔」**が共存する、生命の爆心地だった。
鏡面の山、黄金の頂
「……あれが、ピラミッドか?」
リーダーの声が震えていた。
八倍世界のスケールで再現されたそれは、もはや建造物というよりは**「幾何学的な山脈」**だった。
表面を覆う白い石灰岩は鏡のように磨き上げられ、
太陽の光を凶器のような輝きに変えて反射している。
そしてその頂点には、巨大な黄金のピラミディオンが、地上のどの星よりも眩しく鎮座していた。
光が刺さり、影が消え、遠近感が壊れる。
「皆様、ようこそお越しくださいました!」
駅のプラットフォームに降り立った一行を、弾けるような声が迎えた。
「オリエント旅行社エジプト支部、受付兼ガイドのサリアです! 太陽神の加護に感謝を!」
白いリネンに身を包み、ラピスラズリの装飾を揺らして笑うサリア。
その背後には、バビロンやアケメネスのそれとは全く異なる、
**「神殿とギルドが融合した巨大建築」**がそびえ立っていた。
完璧なる「秩序」
「サリアさん、ここ……空気が変だね」
タリアが自身の「商人の勘」を頼りに呟く。
「ええ、分かりますか? ここは現役のファラオが統治するマアト(秩序)の国!
すべての石、すべての草、すべての人間が『あるべき場所』にあるんです」
サリアは誇らしげに胸を張る。
見渡せば、巨大なワニやカバが川べりに群れ、そのすぐ側で何万人もの労働者が宴を催しながら、次の石材を待っている。
「労働」と「祭礼」の区別がない、奇妙な活気がそこにはあった。
「……非効率を極めた先に、独自の安定を築いているな」
ベリアルが手元の端末で何らかの計算を弾きながら呟く。
「これだけの質量を維持するための熱量……バビロンの経済理論では説明がつかん。だが、現実にこの『山』は積まれている」
「理屈はいいじゃない」
ハンムラビが、サリアが差し出したキンキンに冷えた「ファラオ・コーラ」を受け取り、喉を鳴らす。
「良い王がいる。良い民がいる。それだけで十分だ。……ほう、この炭酸、刺激が神がかっているな」
消えない「並走者」の影
一行がサリアに導かれ、ギルドハウス「地平線の門」へ足を踏み入れようとしたその時だった。
カウリは、受付カウンターの奥にある**「チェックイン済みのリスト」**を、鋭い視線で射抜いた。
そこには、自分たちの到着よりも数分早い時刻で、
**『爆炎パーティ一行』『バビロン・アケメネス修学旅行団』**の名が、確かに記されていた。
「……サリア殿。我々の他に、客はいたか?」
カウリの低い問いに、サリアは首を傾げる。
「え? はい! 皆様、ついさっきあちらの『貴賓室』へご案内したばかりですよ?
『もう一組の私たちは、トンネルで少し遅れるかもしれないから』って、笑って仰ってましたけど……」
一瞬、全員の背筋に冷たいものが走った。
紅海トンネルで見た、あの並走する列車。
あれは「影」などではなかった。
「……どっちだ?」
リーダーが、腰の剣の感触を確かめる。
自分たちが本物か。それとも、先に着いた「彼ら」が本物か。
サリア「この国では、“存在の数”もまた秩序の一部なんです。
余分なものは、いずれ“正しい形”に収まります」
カウリ「……これは偶然じゃない。記録が“整えられている”」
真新しいピラミッドが放つ圧倒的な光の下で、
一行は自分たちの存在そのものが揺らぐような、
奇妙な「神隠し」の渦中にいた。




