オリエント旅行社(エジプト到着編)
見難い火傷の子203
オリエント旅行社(エジプト到着編)
――青銅の時代。
深淵ダンジョン第十六エリア、第四紀完新世層
この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。
列車は、何事もなかったかのように進んでいた。
揺れはない。
音も安定している。
照明も、空調も、すべて正常。
だが――
「……静かすぎるな」
クロが呟いた。
誰も返さない。
会話が、減っていた。
「さっきの、見たよな」
キールが小さく言う。
「ああ」
ニールが短く答える。
「見間違いじゃない」
「……もう一度、来ると思うか?」
ダンが聞く。
「来る」
リーダーが即答した。
「来ない理由がない」
その時。
車内放送が入る。
「――まもなく、区間中央部に到達します」
タリアの声だった。
だが――
「……今の」
マリーが顔を上げる。
「遅れてた」
「ズレているな」
ポンスケが言う。
「通信遅延の範囲を超えています」
ベリアルは目を閉じていた。
「……二重だ」
「何がだ」
カウリが問う。
「系が」
列車が、わずかに減速した。
「……予定外だ」
ポンスケが眉を寄せる。
「減速指令は出ていません」
その瞬間。
窓の外が、わずかに明るくなる。
光ではない。
“別の列車の灯り”だった。
並んでいる。
逃げ場のない距離で。
「……近い」
ハナが息を呑む。
窓越しに、人影。
同じ配置。
同じ人数。
同じように――こちらを見ている。
「……嘘だろ」
「鏡じゃねえのか?」
「違う」
リーダーが言う。
「あれは“こっち”だ」
完全に一致している。
だが――
一人だけ違った。
ベリアル。
向こう側のベリアルだけが、動いていない。
こちらのベリアルが目を開く。
窓の外を見る。
そして――
「……あちらは、黒字だな」
次の瞬間。
“向こうの列車”が、わずかに先に出た。
距離が開く。
光が遠ざかる。
やがて、闇だけが残った。
「……何だったんだ」
誰も答えない。
車内放送が、再び流れる。
「――まもなく、トンネルを抜けます」
列車は加速する。
だが誰もが理解していた。
あれは――
“別の列車”ではない。
「……分岐だ」
ポンスケが言う。
「我々は、どちらかを選んだ」
「違う」
ベリアルが言う。
「選ばれたのだ」
光が差し込む。
列車がトンネルを抜ける。
その先に広がっていたのは――
エジプトだった。
砂。
乾いた空気。
遠くにそびえる巨大な影。
ピラミッド。
確かに、目的地だ。
だが――
「……こんな場所、だったか?」
誰も答えない。
同じはずなのに、どこかが違う。
ベリアルだけが言った。
「問題ない」
「収支は合っている」
~世界交換現象~
同一条件下にある複数の世界が、位置ごと入れ替わる現象。
「到着でーす」
タリアが明るく言う。
「ここからは自由行動になります」
「……観光か」
「来たなら見るか」
誰も、さっきのことを口にしない。
「ラクダ乗る?」
「乗る」
即答。
露店。
香辛料。
壁画。
どれも、わずかに違う。
「……文字が違うな」
「でも、意味は分かる」
ピラミッドを見上げる。
角度が、わずかに違う。
「……ずれている」
「利益は出ている」
ベリアルが帳簿を閉じる。
誰も、戻ろうとは言わなかった。
列車は後方に停車している。
来た時と同じ形で。
だが――
どこから来た列車かは、誰も確認していない。
カウリは振り返る。
トンネルの入口。
暗い穴。
「……戻れるのか?」
誰も答えない。
それでも一行は歩き出す。
砂の上を。
別の世界の、エジプトを。
(続く)




