バビロンの四脚自動車「なまけもの君トラック」
見難い火傷の子200
バビロンの四脚自動車「なまけもの君トラック」
――青銅の時代。
深淵ダンジョン第十六エリア、第四紀完新世層
この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。
ビーズクッション製造工場で、リーダーが何やら組み立てていた。
ダン「また作ったんすか?それ」
リーダー「ああ、バビロン版だ」
ナナメ領産4足魔導車なまけもの君と違い四脚自動車「なまけもの君トラック」。
かつての試作機を洗練したもの――
四脚自動車「なまけもの君トラック」が、再び産声を上げた。
なまけもの興業の工場に生産ラインが敷かれる。
一分に一台という緩やかな速度で、しかし確実に増えていく。
二人乗り、積載三百キロ、時速三十キロ。
そして――あらゆる地形を踏破する四脚。
やがて、それはバビロンの街にあふれ出した。
そして。
アケメネス幕府にも輸出された。
「……歩く必要が、ない?」
カウリは呟いた。
目の前の乗り物は、生き物のように静かに地面を踏む。
リア「四脚自動車、“なまけもの君トラック”だよ。揺れないし、疲れない」
嫌な予感がした。
だが。
気づけば、乗っていた。
「……これは」
衝撃は、静かだった。
振動がない。
ただ、運ばれていく。
「楽、だ」
その一言で、理解してしまった。
「……歩く理由が、消えた」
降りても、足が動かない。
違う。
「歩きたくない」
その感情が、身体に根付いていた。
「……不可逆だ」
「……それは何だ」
カウリが指差す。
車体の背に据えられた黒い筒。
リア「これ? 砲」
沈黙。
「なぜだ」
「だって運べるでしょ?」
あまりにも自然な答えだった。
「発射するよー」
ドンッ――!!
重い音。
だが車体は揺れない。
四脚が衝撃を地面へ逃がしている。
「……ありえん」
「連射もできるよ」
誰かが呟いた。
「歩兵が、いらなくなる」
別の声。
「いや……歩兵が“乗る”」
沈黙。
ポンスケ少佐が言う。
「量産可能です。資本さえあれば」
一拍。
「我が軍は、機動火力を持てる」
「便利を積み重ねた結果、兵器になった」
カウリはそれを見つめていた。
これは開発ではない。
流用だ。
そして――流用は止まらない。
丘の上に、それは並んでいた。
四脚の影。
その背に砲。
敵軍の前に、ただ“存在している”。
「……何だ、あれは」
誰も答えない。
だが理解していた。
「撃たれたら終わる」
その一言で、全てが止まった。
やがて。
白旗が上がる。
一発も撃たずに。
「効率的です」
ポンスケが静かに言う。
「消耗がない」
カウリは目を閉じた。
「……示威か」
これは戦いではない。
戦わせない技術だ。
演習場。
各国の使節団が見守る中、砲撃が行われる。
ドンッ――!!
岩が砕ける。
続けて第二射。
それでも車体は崩れない。
「……以上です」
ポンスケは頭を下げた。
「移動・展開・射撃を単独で行える」
一拍。
「量産可能です」
観客の空気が変わった。
恐怖ではない。
理解だ。
丘の上に、それは再び並ぶ。
誰もが知っている。
あの威力を。
その時点で、勝負は終わっていた。
「姿勢変更」
四脚が沈む。
車体が地面に貼り付く。
稜線に隠れ、砲だけが顔を出す。
ドンッ――!!
撃っては消える。
「……見えん」
それはもはや兵器ではない。
「生き物だ」
さらに。
丘には“数”があった。
だが。
「……多すぎる」
数えられない。
撃っても減らない。
次の瞬間。
別の位置から砲撃。
「……混ざっている」
カウリが言う。
「本物と、偽物が」
リアが軽く言う。
「軽い素材で作ってるだけだよ」
「置いとくだけ。安いし」
ポンスケが続ける。
「敵の弾薬を消費させ、戦意を削ぐ」
一拍。
「極めて効率的です」
味方側には小さく印がある。
“DECOY”
敵には意味がない。
「……どれが本物だ」
「分からん」
それで十分だった。
「……妙だな」
老執政官が呟く。
「我が国は強くなっているはずだ」
兵も、装備も、増えている。
だが。
「領土は増えていない」
沈黙。
カウリが言う。
「……広がっていない」
一拍。
「内側から、書き換えられている」
「……損だな」
将軍が呟いた。
「勝つのに、いくらかかる?」
誰も答えない。
「戦はな」
一拍。
「安く勝つものだ」
丘を見て、将軍は言う。
「いいな」
「これは――安い」
「来たか」
空気が変わる。
「コスパ将軍」
男は無駄のない動きで歩いてくる。
「本名は――ベリアル」
「私はベリアル」
静かな声。
「結果だけを見ろ」
「人は?」
カウリが問う。
ベリアルは答える。
「高い」
一拍。
「使い捨てるには、割に合わん」
「負傷兵は救出する」
「慈悲ですか」
「違う」
一拍。
「回復した方が安い」
「帳簿を持て」
戦場で言う言葉ではなかった。
「ここが一番、数字が動く」
「出自は?」
「経理だ」
沈黙。
ベリアルの背には、奇妙な模様。
区切られた線。
まるで帳簿。
「……何を忘れないためだ」
「何を捨てたか、だ」
「忠義はあるのか」
ベリアルは答えた。
「ある」
一拍。
「収支に対してだ」
丘の上。
本物と偽物が並ぶ。
見分けはつかない。
「撃てば分かる」
だが誰も撃たない。
知っているからだ。
「……無理だ」
白旗が上がる。
「報告」
副官が言う。
「戦闘は――」
ベリアルが遮る。
「発生していない」
一拍。
「黒字だ」
カウリは呟いた。
「……これが」
一拍。
「新しい戦か」




