表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
見難い火傷の子  作者: 清風
PR
199/524

株式会社アケメネス軍

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子199


株式会社アケメネス軍


――青銅の時代。

深淵ダンジョン第十六エリア、第四紀完新世層


この地では、生きるものすべてが八倍の大きさで存在する。


石の床に、書類が叩きつけられた。


「――これが現状だ」


広げられたのは、収支と動員の報告。


「徴税は伸び悩み、維持費は増大。

 常備兵は遊休し、必要な時には足りない」


ざわめき。


「さらに」


別の紙がめくられる。


「優秀な技術者、職人、商人――」


一拍。


「すべて、バビロンへ流出している」


沈黙。


「……なぜだ」


誰かが呟く。


答えは、誰もが知っていた。


「楽だからだ」


短い言葉。


だが、それで十分だった。


「より楽で、より儲かり、より快適な場所へ人は流れる」


否定する者はいない。


「このままでは――」


言葉が落ちる。


「我が国は、空洞化する」


空気が凍る。


「規律では、止められない」


誰かが、歯噛みした。


「……では、どうする」


沈黙。


そして。


「改革が必要だ」


「――以上が、“軍の株式会社化”による提案です」


発言者は、ポンスケ少佐だった。


整った資料、無駄のない言葉。


「まず、資金調達の柔軟性」


一枚、紙がめくられる。


「従来の徴税では不可能だった規模の装備更新が、即時に可能となります」


頷く者がいる。


「次に、人員配置の最適化」


「不要な常備兵を抱える必要はなく、必要な時に必要な戦力を確保できる」


ざわめきが、肯定に変わる。


「さらに――」


一拍。


「戦果に応じた配当」


空気が、わずかに揺れた。


「成功すれば、利益となる。

 これは兵の士気にも直結します」


沈黙。


ポンスケは、淡々と続ける。


「即効性があります。これが最大の利点です」


「軍備は一気に拡張可能。予算を待つ必要はありません」


「民間資本を活用することで――今すぐ強くなれる」


誰も、否定しない。


「実績もあります」


資料が示される。


「バビロンの企業群は機能している。豊かで、強い」


一拍。


「実績があるにもかかわらず、疑いますか?」


沈黙。


「さらに」


声がわずかに低くなる。


「責任の外部化が可能です」


ざわめき。


「国家主導で失敗すれば、責任問題となる」


「だが市場であれば、“結果”として処理される」


誰かが、小さく頷いた。


「そして――内部需要」


視線が、会議の面々をなぞる。


「株式を保有すれば、配当が得られる」


空気が、変わった。


「……だが」


老執政官が低く言った。


「外資の流入はどうする」


沈黙。


「いずれ、我が軍の株は買われるぞ」


誰もが理解していた。


その先にある未来を。


だが――


ポンスケは即座に答えた。


「制限を設ければよろしいかと」


「完全な自由化ではなく、段階的導入」


「まずは国内資本を優先し、外部は監視下に置く」


「問題があれば、いつでも修正可能です」


その言葉に、数人が頷いた。


「……なるほど」


別の声が続く。


「現状のままでは、確かに非効率だ」


「改革は必要だろう」


空気が、ゆっくりと傾いていく。


「試す価値はある」


「限定的に、ならば」


「完全移行ではないのだろう?」


「段階的、だ」


「ならば問題あるまい」


“安全な言葉”が、積み重なる。


カウリは、その光景を見ていた。


理解していた。


これは、論破ではない。


説得でもない。


ただ――


「納得してしまう流れ」だ。


止めるべきだ。


そう思った。


だが。


「……それは」


かすれた声が、ようやく出る。


「我々が守ってきたものを、すべて捨てることになります」


誰も、応じない。


空気は、もう決まっている。


カウリは目を閉じた。


「……理解している。だが、止められない」


「……それでも、今は必要だ」


誰かが言った。


「今、我々は遅れている」


「今、我々は弱い」


「今、我々は――」


静かに、言葉が落ちる。


「強さを、欲している」


「……異議はあるか」


誰も、答えない。


「……可決とする」


木槌の音が、乾いた音を立てた。誰も息をしなかった。


その瞬間。


アケメネスは、自らの手で“別の何か”へと踏み出した。


それは、選択ではなかった。


「わかっていても、選ばざるを得ない」


――そういう種類の、決断だった。


アケメネスは、バビロンを模倣しようとしていた。


だがそれは、模倣ではない。


バビロン銀行の流儀で変質だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ