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見難い火傷の子  作者: 清風
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198/523

帰還報告:バビロン組/アケメネス組

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子198


帰還報告:バビロン組/アケメネス組


――青銅の時代。

深淵ダンジョン第十六エリア、第四紀完新世層


――アケメネス幕府都。


都の大広間は、歓声に満ちていた。


巨大な柱の間に、無数の旗が翻る。

市民たちの視線の先には、五人の姿。


ハリセン、ピコハン、アンナ、メリー。

それと救助活動を行った貴族学校生ジギル。


「――ワイバーンの群れは、完全に撃退された!」


歓声が爆発する。


アンナが腕を振り上げた。


「いやー! 次来ても叩き落とすよ、あれ!」


ピコハンが即座に返す。


「再来前提で語るな。資源と人員の消耗を考えろ」


メリーが小さくため息をついた。


「……あなたたち、少しは緊張感というものを持ちなさい」


ハリセンは笑った。


「まあまあ。結果オーライってやつだろ」


その軽さとは裏腹に、四人の周囲には確かな“実績”の重みがあった。


「彼らは、我が都を守った英雄である!」


再び歓声が沸き起こる。


やがて、玉座の前へと進み出る。


そこに座していたのは、アケメネスの支配者――キュロス。


静かに立ち上がる。


「……ハリセン」


低く、重い声。


「そなたらの働き、見事であった」


四人の前に、黄金の紋章が差し出される。


ピコハンが一歩出る。


「評価には感謝する。だが――」


ハリセンが肩を叩いた。


「はいはい、難しい話はあとでな」


そのまま紋章を受け取る。


「ありがたくもらっとく」


アンナが身を乗り出す。


「これ売れる?」


メリーが即座に遮る。


「売りません」


一瞬の間。


――そして、どっと笑いが起きた。


バビロンは守られた。

脅威は排除された。


誰が見ても、完璧な勝利だった。


だが――


バビロンから来た四人は、自分たちが何を変えてしまったのかを、まだ知らない。


交換留学期間は終了した。

彼らは、それぞれの国へ帰還した。


そして――

それぞれの場所で、報告が始まる。


――バビロニア首都バビロン


四人は帰ってきた。


青銅とガラスと歯車で組み上げられた都市は、相変わらず騒がしく、そしてどこか“速すぎた”。


門をくぐった瞬間、アンナが伸びをする。


「はー……空気が軽い。あっち、なんかずっと張り詰めてたよね」


ピコハンが即座に否定する。


「張り詰めていたのは空気ではなく、統制だ。あれは制度による圧だ」


メリーが頷く。


「……規律の密度が違ったわね。良くも悪くも」


ハリセンは笑った。


「でもまあ、生きて帰ってきた。上出来だろ」


その言葉に、三人は小さく頷いた。


――その“上出来”が、どれほどの波紋を呼ぶかも知らずに。



中央庁舎。


四人はそのまま、報告室へと通された。


円卓の奥、ガラス越しに並ぶのは――バビロンの中枢。


技研、商業ギルド、軍務局、そして統計院。


全員が揃っている。


珍しいことだった。


「……随分と大げさだな」


ピコハンが小さく呟く。


メリーが低く返す。


「それだけ、向こうでの行動が“想定外”だったのよ」


ハリセンは椅子にどかっと座った。


「で? 何から話せばいい?」


沈黙。


やがて、統計院の老人が口を開いた。


「――まず、ワイバーン群の撃退経緯を」


アンナが即答する。


「叩いた!」


ピコハンが即座に補足する。


「戦術的には分断・各個撃破だ。制空権を取らせなかったのが勝因」


メリーが淡々と続ける。


「現地戦力との連携も一定の成果を上げたわ。ただし――」


そこで言葉を切る。


全員の視線が集まる。


「――文化干渉の影響が、予測以上に大きい」


空気が変わった。


ガラスの向こう側で、何人かが同時にペンを走らせる。


「具体的に」


軍務局の男が促す。


ピコハンが答えた。


「装備思想の流出。戦術概念の更新。加えて――」


一瞬だけ、迷う。


だが言った。


「――“勝利の再現性”を、あちらに見せてしまった」


沈黙が落ちる。


重い沈黙だった。


アンナが首をかしげる。


「え? いいことじゃないの?」


誰もすぐには答えなかった。


やがて、商業ギルドの女が静かに言う。


「……再現できる勝利は、“商品”になる」


メリーが目を閉じた。


「ええ。そして、商品は――拡散する」


ハリセンが顎をかく。


「つまり?」


統計院の老人が、ゆっくりと言った。


「――アケメネスは、変わる」


その言葉は、予言のように静かだった。


「そして、変わったものは……周囲も変える」


ピコハンが腕を組む。


「連鎖、か」


「ええ。技術でも、思想でもない」


老人は続ける。


「“勝ち方”だ」



別室。


ジギルもまた、報告を受けていた。


彼の前には、貴族学校の教師たち。


そして――幕府直属の監察官。


「……彼らは、規格外だ」


ジギルは正直に言った。


「だが、再現不能ではない」


監察官の目が細くなる。


「根拠は」


「――分解できる」


ジギルの声は、静かだった。


「彼らの行動は、すべて“理由がある”」

「彼らの判断は、すべて“コストパフォーマンス”で最適化されている」


教師の一人が呟く。


「直感ではない、と?」


「違う。あれは――訓練だ」


ジギルははっきりと言った。


「徹底的に最適化された判断の積み重ねだ」


沈黙。


そして、誰かが小さく言った。


「……導入できるか?」


ジギルは一瞬だけ、迷った。


だが、答えた。


「できる」


その言葉は、あまりにも重かった。



同時刻。


バビロン――技研棟。


ハリセンたちは解散し、それぞれの持ち場へ戻ろうとしていた。


アンナが振り返る。


「ねえ」


三人が足を止める。


「また行くこと、あると思う?」


ピコハンが即答する。


「ある」


メリーも頷く。


「ええ。間違いなく」


ハリセンは、少しだけ空を見上げた。


青銅色の空に、輸送飛行船がゆっくりと流れていく。


「……次は、“歓迎”されるとは限らないな」


その言葉に、誰も笑わなかった。


――変化は、もう始まっている。


遠く離れたアケメネスで。


そして、ここバビロンでも。


勝利は終わった。


だが――


“勝ち方”が、世界に解き放たれた。


それが何を意味するのか。


まだ、誰も完全には理解していない。


だが一つだけ、確かなことがある。


次の戦いは――


もっと速く、もっと深く、始まる。


…………


――同刻、アケメネス幕府。


石造りの会議室。


静寂。


重く沈んだ空気の中、三人が並んでいた。


カウリ、マフラー、エキゾ。


「……報告を始めよ」


上座からの声。


カウリが一歩前に出る。


「……はい」


わずかな間。


「バビロンでの滞在を通じ、我々は重要な知見を得ました」


「述べよ」


「バビロンの脅威は、軍事ではありません」


ざわめき。


「……生活です」


沈黙が落ちる。


「具体的に」


カウリは紙を差し出した。


そこに記されているのは――


『炭酸飲料 再現試作案』

『かき氷 蜜配合』

『シャワートイレ構造考察』


「……これは何だ」


「報告書です」


空気が冷える。


「我々は、バビロンにおける支配構造を確認しました」


「支配構造だと?」


「はい」


カウリは、静かに続ける。


「彼らは人を縛りません。命じません。罰しません」


誰も口を挟まない。


「ただ――快適にします」


沈黙。


マフラーが、ぽつりと呟く。


「……あの“ふかふか”は、重力を消す」


エキゾが続く。


「……あの“シュワシュワ”は、水には戻れん」


誰も笑わない。


カウリは言葉を落とす。


「一度受け入れれば、拒絶は不可能です」


「不可逆です」


長い沈黙。


やがて、上座の一人が言った。


「……それは、堕落ではないのか」


カウリは首を振る。


「いいえ」


視線を上げる。


「更新です」


「何だと?」


「我々は敗北していません」


その声は静かで、揺るがない。


「――基準が、更新されたのです」


空気が止まる。


その中で。


別の高官が、ぽつりと呟いた。


「……で」


全員の視線が集まる。


「その炭酸とやらは……誰でも飲めるのか?」


カウリは答える。


「はい。安価で、容易に」


さらに別の声。


「その……トイレも」


わずかな間。


「……再現できるのか」


「設計思想さえ理解すれば」


短い答え。


沈黙。


そして――


「……検討せよ」


誰かが、そう言った。


その日。


アケメネスは、別の何かに侵略され始めていた。


カウリは、もう一枚の資料を差し出した。


「……さらに報告があります」


机の上に広げられたのは、一覧表だった。


そこには奇妙な名が並んでいる。


商業ギルド登録企業:


・バビロニア自転車

・バビロンサイクル

・バビロン飲料

・バビロンボトリング

・バビロン自動車

・バビロン技研

・なまけもの興業(弛緩装置部門)

・バビロン重機

・バビロン重工

・バビロン銀行


「……何だこれは」


「現地における産業構造です」


ざわめきが広がる。


「これらはすべて、同一思想のもとに設計されています」


「思想だと?」


カウリは頷いた。


「はい。“楽であること”“快適であること”」


沈黙。


「彼らは、人の労力を奪い、時間を奪い、そして――」


一拍。


「思考を奪います」


空気が凍る。


マフラーが呟く。


「……あの“なまけもの興業”は危険だ」


エキゾが頷く。


「動かなくなる」


カウリは続ける。


「個々は無害です。ですが――」


視線を上げる。


「これらが連結したとき、一つの“文明”になります」


「……なお、バビロンの統治構造について補足します」


カウリが静かに言った。


「現地の王――ハンムラビは、すでに王位を退いています」


ざわめき。


「何だと?」


「現在のバビロニアは、“共和国”を名乗っています」


「……王なき国家だと?」


「はい」


カウリは頷く。


「ただし、ハンムラビは完全に消えたわけではありません」


一拍。


「象徴として、存在し続けています」


沈黙。


「意思決定は、商業ギルドおよび各企業群によって行われています」


資料を指し示す。


「バビロン銀行、バビロン重工、バビロン飲料――」


誰かが呟く。


「……商人が国を動かしているのか」


カウリは首を横に振った。


「いいえ」


視線を上げる。


「“便利さ”が国を動かしています。王はすでに……」


空気が凍る。


そのころハンムラビは、

リクライニング(弛緩装置)する椅子に包まれコーラを飲んでいた。

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