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ドラゴンさん

きょろきょろと周囲を警戒しつつ中心部だと思われる方向に進んでいく。蛍草が咲いていたことから魔物が生息していると思っていたがそのような気配は一向に無く、見えるのは兎や鳥、鹿などの害のない動物ばかり。景色はより深い森へと姿を変えていき、洞窟の中である証拠といえば岩肌の天井が空を覆っている事くらいだ。

これが幻術であるなら、破るためには術師を倒すか幻術の綻びを見つけなければならないはずなのだが、奇妙な部分はあっても現実ではあり得ない部分があるかと言われるとそうではない。魔素が高い場所に生える植物は魔素を栄養とするために日光を必要としないものも多いし、魔素による強化で固い岩盤の上にも芽吹くことができる。また、動物達にしても出入り口があるなら迷い込むこともあるだろう。

10歩ほど先から樹木が途切れて水辺があるのを確認して、周囲を確認しつつゆっくりと近づいた。


水辺は大きめの池で、対岸の川から水が流れ込んでいる。水際では数匹の小鳥が憩っていた。透明度の高い水は池の底まで見渡す事ができるがその純粋さ故か水生の生物は棲んでいないようだ。

と、水底に光を反射してキラキラと輝くものがあるのに気がついた。1つ2つではない。なんとなく気を引かれ、淵に近づいて1番近いそれに目を凝らす。


その時だ。突然空から何か巨大なものが落下してきて、水を叩いて盛大に飛沫を飛ばした。


疲労から緊張が緩んでいたのか気がつくのが遅れてしまったが、咄嗟に一歩下がって距離を取ることが出来たのは訓練の賜物だろう。しかし数瞬遅れてやって来た水に押されて尻餅をついてしまう。これでは拙いと急いで視線をあげ、目の前の"落下物"と視線を合わせて。私は固まった。


魔物とは、魔力を身に纏った強力な生物で高位のものになれば知性が高いものも多く存在する。その中でも一際恐れられ、時には敬われるもの、それがドラゴンだった。

そして今、ドラゴンの瞳が私に向けられていた。


私は不思議と恐怖を感じなかった。麻痺してしまったのかもしれないな、などと片隅で呑気に考えている自分がいるくらい。

そのドラゴンは青みがかった、乳白色に透けて見える鱗に金の瞳を持っていて、私はただ見惚れた。水の底に沈んでいた光るモノはこのドラゴンの鱗だったのかもしれない。

ドラゴンは興味津々と言った様子でじぃっと私を見ると、途端に嬉しくて仕方がないと言った表情をした。

何故ドラゴンの表現などを理解出来るのだろうかと首を捻るが、分かるものはわかるのだから仕方ない。

と、突然頭の中に声が響いた。


『姫様!無事に戻られたのですね!再び合間見えるのは何百年後かと、一同待ちわびておりました!!また一段とお美しくなられて…っ!』


震えるほどの歓喜を受け取る。

しかし、待ちわびていたと言われても産まれてこのかたドラゴンの知人どころか人間の友人すら居ないのだから、何の事だかさっぱりだ。

とにかく危害を加えるつもりがない事だけは分かったので、一先ず安心する事にする。だって警戒するのも馬鹿馬鹿しいだろう。自分が幾ら逃げようと、相手が本気になれば生き残る事など不可能なのだから。どうやら知性のある相手のようだし、今の所敵意も持たれていないならば交渉した方がまだ分がいい賭けだろう。

ここで喰われたところで悔いることがあるわけでなし。足掻いてみると決めてみても死ぬ時は死ぬのだからこの際だ、図々しく行こうじゃないか。

それに何故か、大丈夫だという確信があった。こういう勘は外れた事がない。


「こんにちは、ドラゴンさん。生憎だけど、私はあなたを知らない。他人の空似じゃないかしら?」

『あれ?まだ思い出してない??こんな所にいるから、とっくにゴミ虫共の世界から帰還されたんだと思ったのですが』

「……?」


私が理解していないのを見て取り、最初見開かれた瞳が段々と細っていく。瞳孔が縦に伸びる。

明らかに怒っている。それも猛烈に。その怒りは、私を未だ送り出していない誰かに向けられている。


『クソが!あの役立たずの能無し共!!』


聞くに堪えない罵詈雑言が頭の中をかき回して、目が回りそうだ。


「ちょっと、ドラゴンさん?静かにしてくれないかしら。目が回りそうよ」

『おっと、申し訳ありません姫様。まだ帰還前でしたね』


言えば怒りは素直に収めてくれた。まだ不機嫌な様子ではあるが、頭には響いてこない。

私は色々と質問してみることにした。


「ねぇ、どうして私を姫と呼ぶの?顔が似てるのかしら?」

『かお?そんなの暫くしたらまた変わってしまうではないですか。霊体…魂?って言うんだっけな。そこを見てるんです。だから貴女は姫様に間違いない。帰還後には分かるようになられますよ』

「ふぅん。じゃあドラゴンさんは私を食べたりしないのね」

『たっ、食べる!?!?しませんよ、そんな事!!!』


やたらと慌てる様が猜疑を誘うとこのドラゴンは分かっていないのだろうか。何故か照れているようでもあり、目を細めて疑わしさを表せば否定を募る。


『し、しませんてば!姫様みたいにヒョロヒョロのガリガリなの食べたって、お腹膨れませんし!!』

「ヒョロヒョロガリガリ、ね」

『っ!い、いやそれが悪いと言うわけでは!そもそもドラゴンの主食は魔力ですから!肉食べません!』

「……ふふっ」

『姫様…?』


こんなに楽しいのは初めてで、つい漏れた含み笑いにドラゴンが怪訝な顔をする。対等に会話できる事がこんなに暖かくて愉快な事だったなんて知らなかった。

びしょ濡れの頬を伝う雫すら温かく感じた。

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