同じ夢
夢を見た。
子供の頃の夢だった。
公爵邸の、陽のあたる書斎。大きな机に、魔術の教本が広げてある。隣に、女の子がいた。淡い色の髪の、まだ何も背負っていない、幼いエリシア。二人で一つの術式の図を覗き込んで、彼女が新しい解釈を見つけるたびに、世界が少しずつ広がっていく。
「すごいね」と、俺は何度も言った。
本当にすごいと思っていた。一人で解くよりエリシアと解くほうが、ずっと遠くまで行ける。三原色の役割。光弁の組み方。彼女の指がなぞる図の上で、理が生き物のように形を変えていった。
「一緒に勉強するの、楽しい」
夢の中のエリシアが、無邪気に笑った。
それから、こちらを見て言った。
「ねえ、ヴァレリウス。ずっと、一緒にいようね」
——その一言に幼い俺は少し驚いた。
なぜ驚いたのか、大人の俺は覚えていない。ただ、胸の奥で何かが小さく音を立てた。今になって思えば、あれが最初だったのだ。エリシアの隣にいたいと思った、最初の一拍。
俺はやわらかく笑い返した。約束のように。
大切で優しい思い出——
…
頭に柔らかいものが触れた。
夢がほどけていく。
指先だと分かった。誰かが俺の髪に、そっと触れている。起こさないように、けれど確かめるように、白銀の一筋をすくうみたいに。
俺は、ゆっくりと目を開けた。
エリシアがいた。寝台の上で半身を起こして、こちらへ手を伸ばしたまま、アメジストの瞳で俺を見ている。三日ぶりに開いたその目には、もう、あの灼けるような演算の影がない。澄んだ瞳で、静かにこちらを映していた。
「……おはよう」
寝起きの低い声しか出なかった。
「おはよう、ございます」
エリシアが、慌てて手を引っ込めようとする。
考えるより先に、その手を下から包んでいた。彼女が眠っている間、不要な刺激を与えないように、彼女の意志を尊重するために、ずっと己に禁じていた行為だった。
「気分は」
「……不思議なくらい、軽いです」
その澄んだ声を聞いて、肺の底まで息が戻ってくる。
*
エリシアが、包まれた手を遠慮がちに握り返してきた。
「ヴァレリウス」
「うん」
「……聞いて、ください」
いつも演算が先に立つ彼女が、今は心を言葉に乗せようとしている。急かす気にはなれなかった。どれだけ不器用でも、これは彼女自身が向き合った結果の言葉だ。
「聖域にいた間、ずっと——遠くに、あなたの波長を、感じていました」
離れている間、俺はずっとエリシアのことを考えていた。届くはずがないと分かっていて、それでも心だけは寄り添いたいと願っていた。声も、手も、体温も、何一つ届かない場所で。
それが彼女に届いていた。
「離れて、初めて気づいたんです。あなたの波長が、どれだけ——私にとって、心地いいものだったか」
胸の奥が絞られた。
「あなたの波長が好きなんです。そばにいると、世界が静かになります」
そこでエリシアは少し考えて、続ける。
「でも、今は、それだけじゃありません」
アメジストの瞳が俺を見つめた。
「ヴァレリウスだから、そばにいてほしいんです」




