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世界を救える天才令嬢は、自分の救い方だけを知らない ~七年越しの初恋を隠す完璧な婚約者は、彼女だけを取り落とさない  作者: 宵野あまね
ヴァレリウス編

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同じ夢

夢を見た。


子供の頃の夢だった。


公爵邸の、陽のあたる書斎。大きな机に、魔術の教本が広げてある。隣に、女の子がいた。淡い色の髪の、まだ何も背負っていない、幼いエリシア。二人で一つの術式の図を覗き込んで、彼女が新しい解釈を見つけるたびに、世界が少しずつ広がっていく。


「すごいね」と、俺は何度も言った。


本当にすごいと思っていた。一人で解くよりエリシアと解くほうが、ずっと遠くまで行ける。三原色の役割。光弁(こうべん)の組み方。彼女の指がなぞる図の上で、理が生き物のように形を変えていった。


「一緒に勉強するの、楽しい」


夢の中のエリシアが、無邪気に笑った。


それから、こちらを見て言った。


「ねえ、ヴァレリウス。ずっと、一緒にいようね」


——その一言に幼い俺は少し驚いた。


なぜ驚いたのか、大人の俺は覚えていない。ただ、胸の奥で何かが小さく音を立てた。今になって思えば、あれが最初だったのだ。エリシアの隣にいたいと思った、最初の一拍。


俺はやわらかく笑い返した。約束のように。


大切で優しい思い出——


…


頭に柔らかいものが触れた。


夢がほどけていく。


指先だと分かった。誰かが俺の髪に、そっと触れている。起こさないように、けれど確かめるように、白銀の一筋をすくうみたいに。


俺は、ゆっくりと目を開けた。


エリシアがいた。寝台の上で半身を起こして、こちらへ手を伸ばしたまま、アメジストの瞳で俺を見ている。三日ぶりに開いたその目には、もう、あの灼けるような演算の影がない。澄んだ瞳で、静かにこちらを映していた。


「……おはよう」


寝起きの低い声しか出なかった。


「おはよう、ございます」


エリシアが、慌てて手を引っ込めようとする。


考えるより先に、その手を下から包んでいた。彼女が眠っている間、不要な刺激を与えないように、彼女の意志を尊重するために、ずっと己に禁じていた行為だった。


「気分は」


「……不思議なくらい、軽いです」


その澄んだ声を聞いて、肺の底まで息が戻ってくる。


    *


エリシアが、包まれた手を遠慮がちに握り返してきた。


「ヴァレリウス」


「うん」


「……聞いて、ください」


いつも演算が先に立つ彼女が、今は心を言葉に乗せようとしている。急かす気にはなれなかった。どれだけ不器用でも、これは彼女自身が向き合った結果の言葉だ。


「聖域にいた間、ずっと——遠くに、あなたの波長を、感じていました」


離れている間、俺はずっとエリシアのことを考えていた。届くはずがないと分かっていて、それでも心だけは寄り添いたいと願っていた。声も、手も、体温も、何一つ届かない場所で。


それが彼女に届いていた。


「離れて、初めて気づいたんです。あなたの波長が、どれだけ——私にとって、心地いいものだったか」


胸の奥が絞られた。


「あなたの波長が好きなんです。そばにいると、世界が静かになります」


そこでエリシアは少し考えて、続ける。


「でも、今は、それだけじゃありません」


アメジストの瞳が俺を見つめた。


「ヴァレリウスだから、そばにいてほしいんです」

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