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世界を救える天才令嬢は、自分の救い方だけを知らない ~七年越しの初恋を隠す完璧な婚約者は、彼女だけを取り落とさない  作者: 宵野あまね
ヴァレリウス編

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もしも、貴女が

燭がひとつ、灯っていた。


夜更けの大聖堂、その奥の私室。とうに人払いは済ませてある。


机に置かれた一通は、視察官が早馬で寄越したものだ。


私は、その報告書を三度読んだ。


第三の聖域、ボレアス。


視察官が持ち帰った文面は、いつもの実務報告の体裁を保っていた。時刻、立会者、完了光の色、石鳴りの長さ。整った文字で、必要な事実だけが並んでいる。


だが、行間が震えていた。


あの男は、見たものを言葉にしきれていない。


空中に展開された、六重の万華鏡。

石が歓喜のように鳴いたこと。

そして、部屋がアメジストの光に包まれたということ。


私は、その一行の上で指を止めた。


アメジスト。


三色が完全に交わる時にしか現れない色。視察官は、あの娘の瞳と寸分違わぬ色だったと書いている。


落ち着きなさい。


私は自分に命じた。


あの娘は、聖女一族の出とはいえ、神殿の承認を経ぬ身だ。国の密命を受け、女神の御業を、人の手で、許しもなく書き換えている。


私はそれを冒涜と断じた。


だから密かに排除を命じた。


幾度も。


だが、私の放った刃は、ことごとく届かなかった。


一度なら偶然と言えよう。


二度なら、ラインハイトの小倅の手際と見ることもできよう。


しかし、幾度も。


まるで、見えぬ手が、あの娘を覆っているかのように。


人の刃では、触れられぬ。


その考えが胸に兆したとき、私は自分を恥じた。


願望だ。


老いた信徒の、見たいものを見ようとする弱さだ。


そう切り捨てようとして、切り捨てられなかった。


私は知っている。


この国の政のすべてを。


神殿が何のために立てられ、誰の手の内で動かされているかを。王権と神殿の均衡など、民に見せるための美しい幕にすぎぬことを。聖域が国の手にあり、祈祷師(きとうし)が国から遣わされる駒であることを。


知っている。


知り尽くしている。


その上で、なお。


女神アステリアの御業に、嘘は一片もない。


政治は幕であろう。

神殿は装置であろう。

人の手は汚れていよう。


それでも、六百年前、この不毛の地を拾い上げ、人の住む国へ変えた御力は本物だった。女神は実在した。女神の御業には、人には測れぬ大きな代償があった。


その代償を知っているからこそ、私は膝を折る。


その真実を知っているからこそ、私は信じる。


では。


その御業が今、再びこの世に現れているのだとしたら。


あの娘が御業を犯す異端者ではなく、御業を継ぐ器であるとしたら。


いいや。


まだ早い。


信徒の飢えが、目を曇らせてはならぬ。


私は報告書を閉じた。


第四の聖域で、この目で確かめよう。


冒涜者を裁くために、と唇では唱えた。


だが、その祈りの奥で、別の言葉が脈打っている。


もしも。


もしも、貴女が。


私が生涯、待ち望んできた御方であるなら。


私の膝は、もう震えていた。


恐れではない。


希望に。

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