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世界を救える天才令嬢は、自分の救い方だけを知らない ~七年越しの初恋を隠す完璧な婚約者は、彼女だけを取り落とさない  作者: 宵野あまね
ヴァレリウス編

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双子の石

その夜、公爵邸の地下にある炉へ魔力を流した。


地下室は、地上の夜から切り離されている。冷えた石壁に囲まれた、天井の低い部屋。明りを絞った魔力灯が器具の縁を照らしていた。


炉の中央には、聖域の床と同じ黒石を、一塊から刳(く)り抜いた坩堝(るつぼ)を据えてある。炉床から坩堝の外側まで、一続きの魔術陣を刻んだ。流し込んだ魔力を造光(ぞうこう)の力に変え、素材の加工をある程度補助する造りだ。


作業台の上に、小さな封じ瓶を置く。ソリス聖域から持ち帰った純粋な魔力。エリシアの光衣(こうい)から零れ落ちた、未分化の欠片。


ヴォイドまで行かなければ届かないと思っていたものが、彼女の足元に落ちた。彼女が自分を削って開いた膜から、薄く零れたものだ。


盗んだものだ。その事実は変わらない。


だから、返すための形にする。


彼女から零れたものを、彼女だけに背負わせない形へ。


封じた光を、坩堝の中央へ落とした。


音はなかった。代わりに、魔術陣が一息に輝きを増し、黒石の内側へ熱が跳ねた。


坩堝の底で白が灯り、金を呼び、金が蒼を連れてくる。三色の光が黒石の内側でぶつかり、ほどけ、また絡んだ。


魔核の深部が軋む。


息を止めた。


造光で器を組み、刻光(こくこう)で崩れる速度を縛る。生光(せいこう)の脈を逃がさず、中心へ集める。


一度目の格子は砕け、魔術陣の線から火花が散った。指先が痺れる。


二度目は、金が先に暴れた。時間だけが走り、器が追いつかない。坩堝の縁まで走った術式が歪み、光が途切れかける。

押さえ込む。


まだだ。


三度目に入る前に、エリシアの首筋の脈を思い出した。


衿越しに触れた、あの細い拍動。蜜豆を食べ終えて、窓の外を見ていた横顔。世界を変えておきながら、何もなかった顔で俺の向かいにいた彼女。


あれを、失わせない。


その一点に意識を沈めた瞬間、坩堝を囲む魔術陣の光が、一段深く黒石へ沈んだ。


坩堝の底で、光が縮む。線になり、格子になり、やがて赤が生まれた。


血のような赤ではない。

傷の色でもない。


透き通った、深い赤。光を呑まず、濁らせず、ただ内側から静かに灯す赤だった。


小さな原石が、坩堝の底に落ちる。遅れて、澄んだ音がした。


それで、ようやく息を吐いた。


できた。


最初に作った左耳の石は、読むだけだった。彼女の綻びを知らせるだけ。燃えて、俺を焦がすだけ。


だが、これは違う。


彼女が背負うものの端を、こちらへ通す道になる。


全部は奪えない。根までは戻せない。それでも、彼女がこれを身につけた日から、その痛みも苦みも、少しずつ俺の側へ流せる。


原石を取り上げた。


まだ熱いはずだった。だが掌に乗せると、ひどく冷たい。まるで、これから受け取る熱を待っているみたいに。


一つの原石へ刃を入れる。


割るのではない。


同じ心臓を、二つの場所に置く。


慎重に切り出すと、赤いしずくが二つ、作業台の灯りを受けて並んだ。


同じ形。

同じ光。

同じ源流から生まれた、双子の石。


一つは、左耳へ。


長く俺を焦がし続けた濁った赤を外し、透き通った赤を耳に穿つ。金具が閉じた瞬間、耳の奥で小さく熱が鳴った。


繋がる。


遠く、今は別の屋敷にいる彼女の波長が、薄く、水面のように触れた気がした。


もう一つは、バングルへ。


彼女の手首に置くための細い銀。留め具の隣に、赤いしずくを埋め込む。派手にしない。重くしない。彼女が日常の中で無理なく身につけられる形にする。


守るための鎖にはしない。


けれど、必要な時までは身につけていてほしい。


その矛盾を、銀の輪の中へ沈めた。


聖域の改修に目途がつくまでは、気づかせない。


気づけば、彼女はきっと外そうとする。あるいは、俺に流れる分まで計算に入れようとする。


今は、それでは困る。


これは嘘だ。


だが、彼女を縛るための嘘ではない。


二つの石を、作業台の灯りに並べる。


赤が揃って光った。片方が揺れると、もう片方の奥に同じ揺れが返る。


細い。


まだ、あまりに細い。


それでも道だ。


エリシア。


これで、ようやく君の荷の端を、こちらへ逃がせる。


君が世界を背負うなら、その重さの一部を俺が受ける。君が何も言わずに笑うなら、俺も何も言わずに嘘をつく。


掌の上で、双子の石が静かに灯っていた。


これが始まりだ。


俺が彼女に渡す、最初の完璧な嘘の形だった。

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