↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界を救える天才令嬢は、自分の救い方だけを知らない ~七年越しの初恋を隠す完璧な婚約者は、彼女だけを取り落とさない  作者: 宵野あまね
ヴァレリウス編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

61/102

創生の残光

俺は坩堝(るつぼ)を指先でゆっくり回した。


「聖域のいちばん奥だよ」


声を少し落とした。


「始祖が、最後の結び目を繋ぎ留めた一点。世界の底に荒ぶる魔力を組み替えて、この国を人の住める比率に整えた。だが、その最後の一点だけは、完全には封じ込めきれなかった」


「綻びですか」


「そう。そこから、世界が創られたときのまま、まだ何の形も与えられていない魔力が滲み続けている」


テオドールが黙る。


「歴代の調律師が受け取ってきた痛みの正体だよ。誰も、それが何なのかは知らない。ただ痛い、とだけ言って受け取ってきた」


「義兄様も」


「俺も、その一人になった」


少し笑う。


「祈祷師(きとうし)代理として、聖域の務めの調律で滲みを受ける。この身に通して、帳消しにする。代々の調律師がそうしてきたのと同じだ」


「では、その務めで採れるのでは」


「採れない」


坩堝を回す指を止める。


「表面に滲んだ分を受けて、その場で術式へ流すだけだ。俺の身を通り抜けて、後に残るのは痛みだけ。掌には何も残らない」


「では、今この瞬間に手に入れる方法は」


「ほとんどない」


少し間を置いた。


「確実に取れるとしたら、ヴォイドだ」


テオドールの声が、低くなる。


「ヴォイド」


「あそこだけは、何にも変換されないまま、剥き出しの魔力が滲み続けている。誰も処理しない。誰も帳消しにできない。本物の、創生の残光だ」


「危険すぎます」


「だから今は、近づく正当な理由もない」


「理由があれば、行くんですね」


「正当な手順が整えばね」


答えると、テオドールは坩堝の底へ視線を落とした。


「姉様のためですか」


「そうだよ」


隠す理由はなかった。


この子にだけは、最初から通じている。


    *


「採れたとして」


テオドールが、また静かな声を出した。


「その素の魔力を物質に変えるのは、別の難しさがありますか」


「ある」


俺は計算板を指先で叩いた。


「変換の演算負荷が桁違いになる。安定した魔力を使うより、荒いものを扱う方が制御は難しい。脳と魔核が追いつかなければ、術者の側が焼き切れる」


「義兄様が焼き切れますか」


「試したことがないから分からないよ」


「……嘘ですね」


一瞬、止まった。


テオドールは、静かにこちらを見ている。


「義兄様は、試した上で言っています」


「聡いね」


「義兄様が教えてくれたんです」


そう返されて、少しだけ笑った。


    *


魔力灯の光が、ふと翳った。石の余力が尽きかけているのかもしれない。


テオドールが棚から替えの石を取り出し、静かに台座へ据えた。光が、またゆっくりと満ちる。


「義兄様」


「うん」


「何を作るか、もう決めていますか」


俺は計算板へ視線を落とした。


走り書きの数式が並んでいる。まだ完成していない。あとどのくらいの月日がかかるかは分からない。だが、必要なものが何かは、今夜はっきりした。


素の魔力。


正当な機会を、必ず探す。


「エリシアの味覚を戻すための手がかりだ」


そう言うと、テオドールは瞬きをしなかった。


「蜜豆ですか」


「それだけじゃない。茶も、菓子も、たぶん香りも少しずつ濁っている。彼女はまだ、品質の差として処理しているように見える」


昼のアウロラを思い出す。


苺の焼き菓子を口にした時、エリシアは一瞬だけ眉を寄せた。花の色や用水路の効率へすぐ意識を戻したから、本人はもう忘れているかもしれない。


けれど俺は、忘れられなかった。


「正常の形を写し、歪んだ分はこちらへ引き取る。今作ろうとしているのは、そのための計測と受け皿の核だ」


「姉様には」


「まだ言わない」


テオドールは何も言わず、理由を待っていた。


「治す道筋もないまま不調だけを告げれば、エリシアはきっと安心できない。作業を止めるか、あるいは自分の身体を使って、どこまで保つか確かめ始める。俺は、そこへ追い込みたくない」


「姉様なら、やりますね」


「たぶんね」


小さく息を吐いた。


「本当は、何も隠さずに済めばいい」


その言葉だけは、正直だった。


「でも、今はまだ準備が足りない。彼女に渡すなら、不安ではなく道筋にしたい。治せると言える形で、手を差し出したい」


テオドールはしばらく黙っていた。


やがて、静かに頷く。


「手伝います」


それだけだった。


短い返事に、余計な覚悟の色はない。ただもう次の手順を考え始めている横顔が、少しだけ姉に似ていた。


俺は坩堝を見た。


また、空だった。


けれど今夜の空は、ただの失敗ではない。


次に必要なものを、はっきり教えている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。