↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界を救える天才令嬢は、自分の救い方だけを知らない ~七年越しの初恋を隠す完璧な婚約者は、彼女だけを取り落とさない  作者: 宵野あまね
エリシア編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/59

これは強制力があるやつだ

その夜、エリシアは自室の机で、設計図を書き換え続けていた。

中央——最後の聖域の構造を、頭の中で何度も組み直す。融合理論の引っかかりも、まだ畳めていない。


(……あと、少し)


そう思った記憶が、最後だった。


——目が覚めた。


頬の下に、設計図があった。机に突っ伏したまま、眠っていたらしい。窓の外は、まだ暗い。


肩に、毛布が掛かっていた。


(……いつ)


掛けた記憶はない。自分で取りに行った記憶も、ない。


机の端に、茶が置かれていた。指で触れると、まだ温かい。冷め切る前だ。つまり——そう昔ではない。


その隣に、蜜豆の包みがあった。減っていたはずのそれが、また、満ちていた。


一粒、口に入れた。


甘かった。ちゃんと、甘い。


部屋に、ヴァレリウスはいなかった。


(……いない)


掛けられた毛布。まだ温かい茶。満ちた蜜豆。本人はいない。けれど、ここにいたことだけは、三つの痕跡が、教えていた。


毛布を肩から落とさないように、少し引き寄せた。


肩に残った重みが、あたたかかった。


(……この温かさは——)


分類しようとして、いつものように、保留にした。


ただ、保留にした項目が一つ増えたはずなのに、なぜか今夜は、それが、苦ではなかった。


    *


聖騎士団は、その翌朝に来た。


伯爵邸の広い玄関ホールに、普段はそつのない老執事が顔を青ざめさせて立っていた。メイドたちが壁際に身を縮めている。その中央を、白衣の七人が静かに靴音を響かせて進んできた。声を荒げない。礼儀正しい。


「エリシア伯爵令嬢、神殿聖域への同行をお願いします」


(これは強制力があるやつだ)


枢機卿(すうききょう)イグナティウスは——神官補佐であるエリシアの、直属の最高上司だ。神殿が管轄する職に就いている以上、その長の公式召喚を「断る」には相応の根拠が必要になる。礼儀正しく来ることで「断る根拠を奪っている」——その設計が、七人の白衣の後ろに透けて見えた。伯爵家の格があっても、神殿の公式大義名分を持つ相手に正面から抗えば、「不服従」という烙印が向こうに渡る。七人が礼儀正しければ正しいほど、こちらの選択肢は狭まる。使用人たちが縮んでいるのも、無理はない。この邸の誰もが、それを皮膚で知っていた。


ヴァレリウスが来ていた。どこにいたのかわからないが、気づいたら隣にいた。七人の騎士たちと、一瞬だけ——何かが起きた。見えない何かが部屋に満ちて、消えた。


ヴァレリウスは動かなかった。


エリシアは彼の横顔を見た。初めて見る表情だ。彼が——できない、という顔をしている。


「ヴァレリウス」


名前を呼んだら、碧の目がこちらを向いた。


言葉が出なかった。何を言えばいいかわからなくて、バングルを握った。石の感触が、少し冷たかった。


騎士たちに促されて、エリシアは歩き始めた。


振り返ったとき、ヴァレリウスがまだそこにいた。動かないまま、ただ見ていた。


(……何とかする、と言っていた)


だから問題はないはずだ。


なのに演算のどこかが、うまく静まらなかった。


    *


与えられた部屋は——冷たくなかった。


白い天蓋が頭上に広がっていた。厚い絨毯(じゅうたん)が石の床を覆い、棚には聖遺物の小像が整然と並んでいた。香炉の残り香が空気に溶け、花台には白百合が活けられている。


(……牢、ではない)


エリシアは部屋の中央に立ったまま、少し考えた。最高位の祈りの間に置かれるような調度品だ。それが——なぜか、冷たい石の床より、ずっと落ち着かなかった。


寝台の端に腰を下ろして、バングルを見た。


石が、暗い。


(昨日より確実に、暗い)


光の加減じゃないかもしれない——考えかけて、やめた。今夜は余白が足りない。


天蓋付きの寝台に横になって、目を閉じた。


    *


夢の中に、熱があった。


誰かが——遠いところで、燃えている。声はない。ただ熱い。焼けている。焼けて、焼けて——


朝、目が覚めた。夢の内容が思い出せない。

バングルを見た。石の色が、昨日より少し暗い気がする。


(光の加減、かな)


細い窓から差し込む光を見た。


ヴァレリウスが「何とかする」と言っていた。


それをまだ、信じていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。