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世界を救える天才令嬢は、自分の救い方だけを知らない ~七年越しの初恋を隠す完璧な婚約者は、彼女だけを取り落とさない  作者: 宵野あまね
エリシア編

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私はアステリアではないのですが

エリシアには、その意味が分からない。


(——私はアステリアではないのですが)


分類を試みた。枢機卿(すうききょう)が膝をついた。石床に。私の前に。理由を「アステリアと見なした」と仮定すると——あの光が、そういう見え方をしたのかもしれない。三色統合の瞬間は、確かに通常の演算とは別の規模だった。


けれど——


(分類できない)


膝をついた枢機卿の意味が、まだ整理できない。


    *


聖域を出ようとしたとき、スカートの裾に白いものが付いていることに気づいた。

灰だ。指でつまむと力もなくほろりと崩れ、振り返ると、さっきまで自分が立っていた床に、半径六十センチほどの白い灰がうっすらと積もっている。


(……植物だ)


演算が勝手に答えを出した。旧都の聖域へ来る道で、裾や髪に種子が付いていたのだろう。聖域の近くには、アステリアの花がよく自生している。あの三色の残光を浴びた種が、ありえない速さで芽吹き、咲き、寿命を使い果たして灰になったのだろう。残光による生育の超加速なら、理屈は通る。


(副次現象。記録だけ、しておく)


それだけ分類して、エリシアは灰を払った。


花が咲いていたことにも、それがどんな色だったかにも、気づいていなかった。演算の最中、意識の余白は一片残らず、六層の縫合に注がれていた。自分の周りで何が咲いて、散ったのか——見て、すら、いなかった。


    *


馬車に乗った。


ヴァレリウスが——隣に座った。


向かいではなく、隣に。第三の聖域のときと同じだ。今日もそうだった。


(……習慣になりつつある)


エリシアはそれを確認して、どう分類するか考えてから——保留にした。今は他に整理するべきことが多い。


蜜豆を取り出し、一粒口に入れた。


甘い。


(……ちゃんと甘い)


手首のバングルを見ると、赤いしずくの石が夕日の中で深く赤い。今日は演算の負荷が最大だったが、それでも接続は切れなかった。


「……枢機卿が膝をつきました」


「うん、見ていたよ」


「あれは——分類できません」


ヴァレリウスはしばらく窓の外を見てから、こちらを向いた。


「今は分類しなくていい」


「でも」


「急がなくていいよ」


ヴァレリウスは静かに言った。


「分かるようになったときに、分かればいいよ」


エリシアはもう一粒、食べた。


その瞬間、左手に温かさが触れた。


ヴァレリウスの両手が、左手を包んでいる。


演算後の指先が冷えていることには気づいていた。今日は第三の聖域のときよりも深く、末梢の循環が遅れている。けれど、このタイミングで。


(……)


エリシアの演算が、一瞬、全部止まった。


左の手首には、バングル。その同じ左手を、今、彼の両手が包んでいる。


内側から来る熱と、外側から来る熱が、同じ手の上で重なっている。


違う種類の熱だ。


バングルは均等に来る。設計された熱だ。でも今この手のひらの熱は——指の間から、輪郭に沿って来る。骨の形を知っているような、そういう温かさだ。


(……分類できない)


枢機卿が膝をついた意味も、今この手のひらに広がっている熱も、どちらもまだ言葉の手前にある。


「ヴァレリウス」


「うん?」


「旧都の聖域、六重でした」


「知っていたよ」


「……知っていたんですか」


「うん。可能性として計算していた。だから、最初から一緒に来た」


「それは——私が一人で対処できないと思っていたから、ですか」


「できると思っていたよ」


ヴァレリウスが、包んでいる左手を、一度だけ、少し強く握った。


「ただ——隣にいたかった。それだけだよ」


エリシアは、その言葉を反復した。


隣にいたかった。それ以上の説明はなかった。


(……分類不能)


そう結論した。


けれど、なぜか嫌ではない。


むしろ、少しだけ安心している。


その理由も、やはりすぐには分からない。


「……そうですか」


それだけ言って、エリシアはもう一粒、蜜豆を食べた。


左手は、まだ包まれたままだ。


抜こうとは、思わなかった。


馬車が揺れ、夕日が窓を赤く染めた。


隣の体温が、肩のあたりから伝わってくる。


枢機卿が膝をついた理由は、まだ解けないままだった。


でも——包まれた左手の熱が、今夜、どの問いよりも遠い場所にあった。

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