私はアステリアではないのですが
エリシアには、その意味が分からない。
(——私はアステリアではないのですが)
分類を試みた。枢機卿が膝をついた。石床に。私の前に。理由を「アステリアと見なした」と仮定すると——あの光が、そういう見え方をしたのかもしれない。三色統合の瞬間は、確かに通常の演算とは別の規模だった。
けれど——
(分類できない)
膝をついた枢機卿の意味が、まだ整理できない。
*
聖域を出ようとしたとき、スカートの裾に白いものが付いていることに気づいた。
灰だ。指でつまむと力もなくほろりと崩れ、振り返ると、さっきまで自分が立っていた床に、半径六十センチほどの白い灰がうっすらと積もっている。
(……植物だ)
演算が勝手に答えを出した。旧都の聖域へ来る道で、裾や髪に種子が付いていたのだろう。聖域の近くには、アステリアの花がよく自生している。あの三色の残光を浴びた種が、ありえない速さで芽吹き、咲き、寿命を使い果たして灰になったのだろう。残光による生育の超加速なら、理屈は通る。
(副次現象。記録だけ、しておく)
それだけ分類して、エリシアは灰を払った。
花が咲いていたことにも、それがどんな色だったかにも、気づいていなかった。演算の最中、意識の余白は一片残らず、六層の縫合に注がれていた。自分の周りで何が咲いて、散ったのか——見て、すら、いなかった。
*
馬車に乗った。
ヴァレリウスが——隣に座った。
向かいではなく、隣に。第三の聖域のときと同じだ。今日もそうだった。
(……習慣になりつつある)
エリシアはそれを確認して、どう分類するか考えてから——保留にした。今は他に整理するべきことが多い。
蜜豆を取り出し、一粒口に入れた。
甘い。
(……ちゃんと甘い)
手首のバングルを見ると、赤いしずくの石が夕日の中で深く赤い。今日は演算の負荷が最大だったが、それでも接続は切れなかった。
「……枢機卿が膝をつきました」
「うん、見ていたよ」
「あれは——分類できません」
ヴァレリウスはしばらく窓の外を見てから、こちらを向いた。
「今は分類しなくていい」
「でも」
「急がなくていいよ」
ヴァレリウスは静かに言った。
「分かるようになったときに、分かればいいよ」
エリシアはもう一粒、食べた。
その瞬間、左手に温かさが触れた。
ヴァレリウスの両手が、左手を包んでいる。
演算後の指先が冷えていることには気づいていた。今日は第三の聖域のときよりも深く、末梢の循環が遅れている。けれど、このタイミングで。
(……)
エリシアの演算が、一瞬、全部止まった。
左の手首には、バングル。その同じ左手を、今、彼の両手が包んでいる。
内側から来る熱と、外側から来る熱が、同じ手の上で重なっている。
違う種類の熱だ。
バングルは均等に来る。設計された熱だ。でも今この手のひらの熱は——指の間から、輪郭に沿って来る。骨の形を知っているような、そういう温かさだ。
(……分類できない)
枢機卿が膝をついた意味も、今この手のひらに広がっている熱も、どちらもまだ言葉の手前にある。
「ヴァレリウス」
「うん?」
「旧都の聖域、六重でした」
「知っていたよ」
「……知っていたんですか」
「うん。可能性として計算していた。だから、最初から一緒に来た」
「それは——私が一人で対処できないと思っていたから、ですか」
「できると思っていたよ」
ヴァレリウスが、包んでいる左手を、一度だけ、少し強く握った。
「ただ——隣にいたかった。それだけだよ」
エリシアは、その言葉を反復した。
隣にいたかった。それ以上の説明はなかった。
(……分類不能)
そう結論した。
けれど、なぜか嫌ではない。
むしろ、少しだけ安心している。
その理由も、やはりすぐには分からない。
「……そうですか」
それだけ言って、エリシアはもう一粒、蜜豆を食べた。
左手は、まだ包まれたままだ。
抜こうとは、思わなかった。
馬車が揺れ、夕日が窓を赤く染めた。
隣の体温が、肩のあたりから伝わってくる。
枢機卿が膝をついた理由は、まだ解けないままだった。
でも——包まれた左手の熱が、今夜、どの問いよりも遠い場所にあった。




