……連動している
バングルを装着してから、数ヶ月が経った。
最初の日、彼は「魔核の安定に使える」と言い、「副作用はないの?」という自分の問いにも「ないよ」と答えた。
両方、本当のことだと思っていた。
実際、バングルは機能している。色彩は戻り、蜜豆の甘さもかつての正確さを取り戻した。魔核の演算負荷が分散される感触があり、ときどきバングルが少し温かくなるのは、接続が活性化しているためだろうと解釈していた。
「ないよ」という言葉にも、疑う理由はなかった。
疑う理由は、今もない。
*
第三の聖域への移動は、刻の栞を経由した。
今回は、最初からヴァレリウスが同じ経路で来ている。先回の第二の聖域では、聖域に入ってから初めて彼の姿に気づいた。今日は転移の前から、この人が隣にいる。
演算の通りが、今朝から妙に良い。そのことと隣にいる彼とのあいだに、式は立てないことにした。
転移すると、窓の外には夏が来ていた。
見渡す土地はまっ平らで、勾配はほとんどなく、低い家並みが遮るものもなく続いている。背の高い建物がひとつもないのは、穀物を干し、積み、運ぶための町だからだろう。町の中心から四方へまっすぐな大通りが伸び、その突き当たりはどこも、町の縁で金色に溶けている。
平らな土地ほど、遠くが見える。その先、地平線まで黄金の小麦畑が続き、風に揺れる穂がきらめいている。夏の陽射しは眩しく、空は焼けたように青い。容赦ない光に照らされた広大な穀倉地帯こそ、第三の聖域『ボレアス』の夏だ。
馬車に乗り換えた。
「今日は最初から一緒ですね」
「うん」
それだけだった。
移動中も、第三の聖域の構造、第四層の接続設計、設置座標の誤差許容範囲を確かめる演算は走り続けた。許される誤差は第二の聖域より一段階狭く、今日の作業にはこれまで以上の精密さが要る。
左腕のバングルは、移動中もかすかに温かい。
(……接続は維持されている)
接続の維持を確かめ、設計図の検討へ戻った。
表向きの聖堂を抜け、それから森を十五分歩いた。
*
三度目の黒い立方体が待っていた。
違うのは、花の色だ。アウロラの白、ソリスの金——そして第三の聖域『ボレアス』は、蒼に菫をひと匙落としたような澄んだ青紫で、大輪が六面を染めている。核心点だけは変わらず、自分の瞳と同じアメジストに灯っている。
副花冠の明滅はここでも濁り、光が詰まり、飛び、遅れている。
(……この聖域も、痛がっている)
黒石の回廊を抜けた先に、調律室があった。窓はなく、術式台と曼荼羅の魔法陣だけが置かれている。
エリシアはすでに演算へ入りかけ、第四層の接続順序を頭の中で最終確認していた。
台へ歩き出そうとしたとき、ヴァレリウスの手が、ふいに伸びてきた。
指先が、髪に触れる。
(……?)
何をされたのか、一拍、分からなかった。
彼の指先は、髪から取った小さな葉を一枚つまんでいる。森を抜けるあいだに、ついていたらしい。
「ついていた」
それだけ言って、彼はその葉を何でもないように落とした。
エリシアは自分の髪に触れたが、もう何もない。
(……いつ、ついたんだろう)
演算に入りかけていたエリシアにとって、髪に葉が落ちたことなど優先度の外で、気づきもしなかった。
彼は、気づいていた。
それだけのことだ。
それだけのことなのに、髪に触れられた一点だけが、ほんの少し温かい。
台に触れた瞬間、空間全体が応え、生光が白く溢れ、刻光の金が床を走り、造光の蒼が壁を這い上がった。
(——深い)
第1・第2の比ではない。歪みの層の密度も、構造の複雑さも違う。設計図で分かっていたはずなのに、実際に触れると演算の重量がまるで違う。
演算を全力で走らせた。
世界が、光と座標と波形の集積だけになった。
第一層——正確。第二層——複雑だが許容範囲。第三層——四重歪みの中心へ。一本ずつほどいていく。時間が削られていく。
(急ぐな。精度を落とすな)
第三層——処理完了。
(第四結節を、今)
置いた。
*
その瞬間、逆流した。
第四結節の設置と同時に、数百年変わらなかった歪みが、変化を拒む反射波となって押し返してきた。
波が腕を走った。
左手首が、熱い。
バングルだ。
(熱い。いつもより、ずっと熱い)
熱は、これまでにないほど強い。数ヶ月のあいだ、ときどき温かくなることはあったが、今日は桁が違う。
それでも演算は止めず、手も離さない。
逸脱補正を走らせて設置角度を修正した。熱は引かないが、構造は動いている。このまま演算を続ける。
第四結節——接続完了。
エネルギーが新しい経路を通過した。
光が、アメジストになった。
石の壁が、今まで聞いたどれよりも長く重い音で鳴き、四重の歪みがすべて解かれていった。
静かになった。
光が薄れていく中、入口のあたりに白い影が見えた気がした。視界の端を、白い衣をまとった何者かが廊下の方へ退いていくような気配がある。ほんの一瞬で、演算の余波に焦点もまだ定まっていないため、はっきりとは言えない。
(……誰かいた?)
分からない。演算の余波が見せた、ただのノイズかもしれない。今は、そう思っておくことにした。
エリシアは手を離した。
「……成功した」
振り返ると、ヴァレリウスが部屋の中央に立っていた。
——何かが、違った。
立ち方も、感情を制御した顔もいつも通りだ。しかし左肩の線だけが、エリシアの見慣れた位置よりわずかに落ちている。そう見えたのは一瞬で、気づいたときにはもう戻っていた。
エリシアが左手首を確かめると、バングルはそこにあり、今はもう熱も引いている。けれど数分前には、確かに熱かった。
(……今日の熱は、いつもと強さが違った)
(……同じ時に、ヴァレリウスの肩が落ちていた)
(……連動している)
(——「ないよ」と、言っていた)
演算が、止まった。
正確には——止まったのではなく、今まで並列で動かしていた仮定が、一つ、崩れた。
「ないよ」
私に、副作用はない。それは本当だ。色彩が戻り、味覚が正常になった。私への副作用は、ない。
でも——
(……誰への副作用がないか、私は確認していなかった)




