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世界を救える天才令嬢は、自分の救い方だけを知らない ~七年越しの初恋を隠す完璧な婚約者は、彼女だけを取り落とさない  作者: 宵野あまね
エリシア編

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顔で分かるものですか

銀の腕輪を受け取ってから、数日が経った。

次の聖域のための演算設計を、エリシアは毎日続けた。


第三の聖域は、これまでのアウロラやソリスより深い。記録に残っている構造図によれば、歪みの層が四重になっている。第四結節の設置座標の誤差許容範囲が、より狭くなる。簡単に言えば——もっと精密な設計が必要だ。


城の図書室で、関連文献を一つずつ当たっていた。


ヴァレリウスは午前の仕事が終わった後、「廊下にいる」と言って出た。

一時間ほどして、戻ってきた。


「終わった?」


「はい。もう少しあります」


「続けていいよ」


それだけだった。


エリシアは文献に目を戻し、彼がどこに行っていたかは聞かなかった。彼には彼の仕事があり、内容まで把握する必要はない。


(——第四層の接続エネルギーの分配が、推計と少し違う)


設計図の修正を、頭の中で走らせた。


今日は図書室が静かだった。それだけのことだ。


    *


窓の外の光が、いつのまにか色を変えていた。

エリシアは気づいていなかった。文献の三冊目に入った頃から、時間の経過を演算の優先度から外していた。


扉が開いた。


「今日は終わり」


ヴァレリウスだった。


「まだ終わっていません」


顔を上げずに答えた。第四層の分配率が、あと少しで噛み合う。


「終わり」


もう一度、同じ言葉だった。今度は、すぐ近くで聞こえた。


「あと三十分」


「駄目」


「二十分」


「駄目」


「十分」


「それは交渉じゃないよ」


「五分」


「エリシア」


短い声だった。冷たくはないが、譲る気配もない。


エリシアは演算を止めた。止めて初めて、指先が冷えていることに気づいた。窓の外は、もう暗い。


「根を詰めると、明日に響くよ」


ヴァレリウスはそう言って、閉じた文献をもとの棚へ戻した。どの本がどこにあったかまで、知っているようだった。


(……いつから、見ていたんだろう)


分類しようとして、やめた。これも、後で考えることの一つに加わった。


    *


数日後、公的な外出があった。


いつも通る東の通りではなく、南の通りへ進路が変わった。

東通りは、官舎と倉庫が続く、まっすぐで静かな最短路だ。一方の南通りは商店が軒を連ねる賑やかな道で、人も荷車も多く、その分だけ足も遅くなる。


「今日は南通りで行く」


「少し遠いですが」


「大丈夫だよ」


ヴァレリウスが大丈夫だよと言うとき、大丈夫なのだ。エリシアは頷いた。


南通りは東通りより七百メートルほど長く、その分、見たことのない店がいくつかある。通りの中ほどで、蜜豆の店を見つけた。


(……ここに店があるのか)


立ち止まった。


「少しだけ、いいですか」


「……いいよ」


いつもより一袋分多く買った。


店から出たとき、ヴァレリウスが後方をひと目だけ確認した気がした。エリシアも振り返ったが、そこには人々が行き交う、いつもの街しかなかった。


「何か見ましたか」


「……なんでもないよ」


短い答えだった。


帰路の馬車で蜜豆を一粒口に入れた。


甘い。


今日は余分に買えた。小さなことだが、得をした。


    *


数日後、書斎でのことだった。


演算の合間にいつもの引き出しを開けると、中は空だった。


昨日、最後の一粒を食べた記憶がある。


(……切れている)


帰りに買おうと考えたところで、机の上に小さな包みが置かれた。


顔を上げると、ヴァレリウスがいる。


「なくなったんだろう?」


「……なぜ分かるんですか」


「顔」


即答だった。


「顔で分かるものですか」


「分かるよ」


少し笑っている。


エリシアは包みと彼を見比べたが、分類できないまま、とりあえず一粒食べた。


甘い。ちゃんと、甘い。


(……顔で、減り具合まで分かるものだろうか)


分類は、保留にした。これも、後で考えることの一つだ。

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