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世界を救える天才令嬢は、自分の救い方だけを知らない ~七年越しの初恋を隠す完璧な婚約者は、彼女だけを取り落とさない  作者: 宵野あまね
エリシア編

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20/34

途中から、昼食の話でした

その日の午前、エリシアは神殿西棟の執務室にいた。


机の上には古代術式の写本が三冊開いていて、頁の余白はもう自分の書き込みで埋まっている。


原因は、刻の栞(ときのしおり)だった。


あの、遠い街と街を一瞬で繋ぐ転移の術式。


先日初めて通って以来、あの畳み方が頭から離れないのだ。


目を閉じると折り目が浮かぶ。

食事中も浮かぶ。

たぶん、寝ている間も浮かんでいる。


ヴァレリウスは向かいの椅子に座っていた。午後に宰相のところへ行くまで時間がある、と言って、朝からずっとそこにいる。


エリシアは、見つけたばかりの推論を説明し始めた。


「——刻の栞って、距離を消しているわけじゃないんです。時の記憶を、こう、折り重ねて……出発点と到着点を、同じ一枚に畳んでいる。だから一瞬で。でも、それだと折り目のところで、位相が——」


言葉が、止まらない。


ハブとハブの畳み方、折り目に生じるわずかな時差、古代の術者がなぜ国にこの五か所だけを置いたのか——考えながら話すと、思考の輪郭が外からも確かめられて、心地がいい。


ヴァレリウスは、頷きながら聞いていた。


「うん」


「それで?」


相槌は、いつも一拍だけ遅い。


(……専門外、だろうか)


そう思った。


けれど、ヴァレリウスはこういう話を途中で止めたことがない。


分からないなら分からないなりに聞いている。


分かるなら、最後まで付き合う。


だから話しやすい。


図を指し示した。


「ここです、この折り目の項——」


顔を上げる。


彼の視線は、図ではなかった。


(……?)


エリシアの顔の方を見ていた。


目が合うと、彼は穏やかに微笑んだ。


「続けて」


(……話を、聞いていないわけではないらしい)


ただ、視線の置き場が、少しずれている。


理由は分からなかった。


後で考えよう、と処理棚へ積む。


——最近、その棚が少し渋滞している。


それからどれくらい話したのか。


「エリシア」


ヴァレリウスが、静かに口を挟んだ。


「昼食はもう取った?」


「取りました」


「何を?」


口を開いた。


……開いたまま、止まった。


食べた記憶が、ない。


「忘れていたね」


最初からそうなると分かっていたような、親しげな響きだった。


彼は小さく笑い、もう椅子から立っている。


机の端に、いつのまにか包みがひとつ置かれていた。


開くと、サンドイッチだった。


(……いつから、ここに)


「先に半分でも食べて。午後に宰相のところへ行くから」


エリシアは、それを見た。

それから、彼を見た。


「……ありがとうございます」


一口、齧る。


美味しい。

そのまま黙って食べ始める。


椅子に座りなおしたヴァレリウスは、にこにことエリシアを眺めていた。


「それで」


エリシアが半分まで食べた頃、ヴァレリウスが切り出した。


「折り目の項の話だったかな」


エリシアは瞬きをした。


「聞いていたんですか」


「聞いていたよ」


「途中から、昼食の話でした」


「その前までは」


「……」


エリシアは少し考えた。


本当に聞いていたらしい。


午後は宰相との面談がある。


その前に昼食を忘れていたことは、たぶん良くない。


けれど。


ヴァレリウスがいる日は、なぜか昼食を忘れても問題にならない。


忘れた頃に食事が出てきて、必要な書類は揃っていて、気づくと予定の時間になっている。


仕組みはよく分からない。


けれど、ずっとそうだった。

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