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世界を救える天才令嬢は、自分の救い方だけを知らない ~七年越しの初恋を隠す完璧な婚約者は、彼女だけを取り落とさない  作者: 宵野あまね
エリシア編

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泣き声、優先度高

虹色の霧が、地下聖堂の石床をゆっくり這っていた。


この場所は苦手だ、とエリシアは思う。


音が多い。


弟の泣き声。

大人たちの怒鳴り声。

神官の詠唱(えいしょう)

誰かが倒した器具の金属音。

全部が同時に耳へ入ってきて、脳の処理領域を無駄に圧迫する。


エリシアは目を閉じた。


整理する。


泣き声、優先度高。

怒鳴り声、低。

祈祷(きとう)、実効性不明につき後回し。

雑音、除外。


よし。


目を開ける。


テオドールの魔核が大きくなって暴走していた。


かなり危険だった。


波形は乱れているし、出力も制御不能。普通なら、周囲がもっと冷静に対処していてもよさそうなのに、なぜか大人たちは全員取り乱している。


不思議だった。


泣いても数値は改善しないのに。


(所要時間の計算。あと四分から六分で臨界に達する)


早い。


神官たちはまだ祈っていた。


遅い。


エリシアは考える。


第一案——封印。

無理。


第二案——強制排出。

聖堂が壊れる。駄目。


第三案——再分配。


そこで、自分を計算式に入れる。


適合率、高。

容量、問題なし。

成功率——充分。


終わった。


解答が出ると安心する。


世界には「分からない状態」が多すぎる。けれど計算が終わると、急に全部が静かになる。


(テオ、泣かないで)


エリシアは歩き出した。


途中で誰かに肩を掴まれた気がしたが、優先度が低かったので外す。

神官が何か叫んでいた。

侍医も叫んでいた。


みんな忙しそうだな、と思った。


弟の前に膝をつく。


「大丈夫。……私、計算が得意だから」


胸に触れる。


熱い。


暴走した魔力で内部がめちゃくちゃになっている。でも構造は残っていた。壊れた時計でも歯車が残っていれば直せる。それと似ている。


「今テオの魔核の、大きくなりすぎた分だけ、私の空いている魔核領域に移してあげれば——うん、二人とも死なないで済むよ? ほら、これが一番『綺麗』な解決策でしょう?」


空気が止まった。


なぜか周囲が静かになる。


変だな、とエリシアは思う。


そんなに難しい話だっただろうか。


むしろ単純な部類だと思う。


誰かが「待ちなさい!」と叫んでいた。

別の誰かは青ざめていた。


ヴァレリウスがこちらへ走ってくる。


顔色が悪い。


どうしてだろう。


死にそうなのはテオドールの方なのに。


エリシアは少し考えたが、今は演算の方が優先だった。


実行する。


世界が、一瞬だけ、ずれた。


痛み、ではない。


何かを、自分の部屋へ引き取る感覚だった。


自分の部屋に、弟の余分な荷物を運び込むみたいな感じ。置き場所を作るために、自分のものを、奥へ奥へ押しやる。奥へ行ったものは、少し遠くなる。


音が、ぼやけた。


そして——色が、抜けた。


天井を這っていた虹色の霧が、ふいに、ただの灰色になった。白も、青も、金も、どこか遠くへ仕舞われたみたいに。


指先に触れる石の冷たさも、薄くなる。


でも、それだけ。


たぶん、すぐ戻る。そう思った。


テオドールの呼吸が安定していく。


乱れていた波形が整う。


(成功)


満足だった。


綺麗に収まった。


その直後、床が傾いた。


(……?)


地下聖堂の床は水平だったはずだ。

設計上、傾くのはおかしい。


数秒考えて、気づく。


(ああ。私が倒れてるのか)


納得した。


リソース配分を間違えたらしい。


自分に回す分をいつも後回しにする。だから時々こうなる。


慣れていた。


頬に石床の冷たさが来る——前に、何かに捕まった。


熱い。


びっくりするくらい熱い。


誰かの腕だった。


息が荒い。

鼓動が速い。

抱き締める力が強すぎる。


ヴァレリウスだ、と認識する。


どうしてそんなに慌てているんだろう。


エリシアには、そこが少し分からなかった。


テオドールは助かった。

計算も成功した。

問題は解決している。


なのに、ヴァレリウスだけが今にも泣きそうな顔をしている。


周囲では誰かが「奇跡だ」と言っていた。


違うのに、とエリシアはぼんやり思う。


別に奇跡ではない。

ちゃんと計算しただけだ。


最後に確認したのは、テオドールの安定した呼吸。


その次に認識したのは。


自分を抱くヴァレリウスの腕が、少し痛いくらい強かったことだった。

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