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世界を救える天才令嬢は、自分の救い方だけを知らない ~七年越しの初恋を隠す完璧な婚約者は、彼女だけを取り落とさない  作者: 宵野あまね
エリシア編

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次回は別店舗を検討しよう

帰りの馬車は静かだった。


夜会の音が消えた車内は落ち着く。


「少しいいですか」


ヴァレリウスに声をかけてから、エリシアは巾着を取り出した。


琥珀(こはく)の塩蜜豆。

夜会後の慰労用だ。


一粒、口へ入れる。


「……あれ」


甘い。


甘いのに——後から苦みが追いつく。


薄い膜が舌の奥に残るような、不自然な苦さ。


前回は違った。

その前も違った。


「エリシア?」


ヴァレリウスが短く呼ぶ。


「いいえ、何でもありません。このお店の豆、少し品質が変わったかもしれないと思っただけです」


もう一粒確認する。

見た目は普通だ。


口に入れる。


やはり苦い。


(……次回は別店舗を検討しよう)


そう結論してから、ふと気づいた。


車内が熱い。


違う。


熱いのは、ヴァレリウスだ。


離れて座っているのに、体温が伝わってくる。頬だけが、微かに熱を帯びている。


(——確認しよう。決めていた通りに)


正確な測定の手順を、一瞬考えて——その検討が終わるより先に、手が伸びていた。


    *


指先が、彼の頬に触れる。


熱い。


驚くほど。


「……熱があります。基準値を超えていると思います」


ヴァレリウスが、止まった。


本当に、一瞬だけ。


呼吸まで止まったように見えた。


けれど次には、いつもの穏やかな顔へ戻っている。


「……少し、疲れただけだよ」


声が、少し低かった。


エリシアはそれを「問題ない」の範囲として処理した。


処理は、した。けれどこの項目は、やはり閉じなかった。


手を離す。


指先に、彼の熱が残っている。入口で閉じ損ねた項目の隣に、閉じない項目がもうひとつ増えた。


また蜜豆を口に入れる。


苦い。


窓の外へ視線を向けた。


その間、ヴァレリウスは何も言わなかった。


妙に静かだった。


馬車の中には、夜会の残り香と、彼の高い体温だけが残っていた。


エリシアは窓の外を見たまま考える。


(この苦みと、彼の熱には、何か関係があるのだろうか)


答えは出ない。


馬車が伯爵邸へ到着した。


エリシアは巾着をしまい、外へ降りる。


夜気が頬に冷たい。


明日、テオに豆の買い替えを頼もう。


あの苦みと、彼の熱は——答えの出ないまま、ずっと感覚器の端に残っていた。

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