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世界を救える天才令嬢は、自分の救い方だけを知らない ~七年越しの初恋を隠す完璧な婚約者は、彼女だけを取り落とさない  作者: 宵野あまね
エリシア編

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12/33

——絶対に、話す

部屋に、公爵とエリシアだけが残った。


数秒前まで張っていた空気が、ふっと変わる。


公爵が息を吐いた。


「いやあ、寿命が縮んだ」


さっきまでの威圧感が綺麗に消えていた。


「陛下、今日はちょっと"王"が強かったな……」


ぶつぶつ言いながら肩を回す。


エリシアは少し考えた。


(……同じ人なのに、切り替わりが速い)


「でもまあ」


公爵がエリシアを見た。

今度は、いつもの顔だった。


「本当によくやった」


優しい声だった。


「お前は昔から、いきなり世界をひっくり返す」


エリシアは少し考えた。


褒められているらしい。


「ありがとうございます」


「褒めてるぞ。ちゃんと褒めてる」


「はい。たぶんそうだろうと思いました」


「"たぶん"かあ……」


公爵が笑う。

それから、少しだけ真面目な顔になった。


「ヴァレリウスには、いつ話す」


エリシアは視線を落とした。


「……計算が完了してから」


「そうか」


公爵は頷く。

それから少し悪戯っぽく笑った。


「怒られたら、私のせいにしていい」


「公爵様が?」


「うむ。『公爵様が全部許可しました』と言えば、少しは勢いが減る」


「減るのですか」


「……減る。たぶん」


少し自信がなかった。


エリシアは少しだけ可笑しくなった。


「半分くらいですか」


「お、学習したな」


公爵が楽しそうに笑った。


    *


控え室に戻ると、書類がそのままになっていた。


エリシアは机に向かって、北部地区の共鳴波パターン調査報告書を書き始めた。


演算が走る。設計図は頭の中にあり、承認は下りた。あとはこの書類を終わらせる。今日は、それだけのことだ。


羽根ペンを走らせながら、一度だけ窓の外を見た。春の光が王城の白い石壁に落ちていて、静かだった。あの小部屋で交わされた会話が本当に存在したのか、分からなくなるくらいに。


(説明が不要な事柄について、説明する必要はない)


(計算が完了してから、話す)


(——絶対に、話す)


書類の最後の一行を書き終えた、その時だった。


「——終わった?」


扉の向こうから声がした。


低く、穏やかな声。


不思議と、それだけで分かる。


ヴァレリウスだった。


正確には、分かるより先に、手が羽根ペンを置いていた。識別の演算より、手の方が速い。理由は、まだ分類していない。


タイミングが良かった。報告書はちょうど、最後の確認が終わったところだった。


「はい」


返事をすると、扉が開く。


ヴァレリウスが立っていた。


午後の光が、背後から彼の輪郭を淡く縁取っている。白金の髪は柔らかく光を弾き、整った横顔は相変わらず隙がない。王都の令嬢たちが見れば、たぶん三秒で溜息をつく。


エリシアは知っている。


この人は昔から、こういう人だ。立っているだけで絵になるのに、それを自覚していない。そして、自分が誰かを安心させていることにも、半分くらい気づいていない。


ヴァレリウスはエリシアを見ると、まず机の上を見た。


書類。

インク。

筆跡。

確認欄。


それから、彼女の顔を見る。


順番が自然すぎて、エリシアは少しだけ瞬きをした。


(確認された)


体調と、仕事の進捗と、疲労。


たぶん、そのあたり。


(……どこへ行っていたか、聞かれるだろうか)


一瞬だけ、あの折り畳んだ紙の重さが手に戻ってきた。


けれどヴァレリウスは、聞かなかった。

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