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世界を救える天才令嬢は、自分の救い方だけを知らない ~七年越しの初恋を隠す完璧な婚約者は、彼女だけを取り落とさない  作者: 宵野あまね
エリシア編

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最初の一人になります

「……一度の儀式で、それが見えたのですか」


宰相が言った。穏やかな声だった。急かすでも、疑うでもなく——確認するような声だった。


「はい」


「設計図はこの一枚に収まるのですか」


「骨格はこれで全部です。作業の詳細は頭の中にあります」


「なるほど」


宰相は頷いた。それから少し間を置いて続けた。


「もう一点だけ確認させてください。この作業が完成した後——聖域の理の全体構造を把握した術者というのは、この国の歴史上、存在したことがありますか」


エリシアは考えた。


「始祖が設計者だったと記録にはあります。ただし未完成のため、全体把握の記録はありません。私は——完成させた後、それを把握する者の最初の一人になります」


「なるほど」


宰相は二度目の「なるほど」を、一度目と同じ温度で言った。


その言葉の中に何が入っていたかを、エリシアは処理しきれなかった。


沈黙がまた広がった。宰相の視線が、静かに卓上の設計図へ落ちる。


長い沈黙だった。ただ考えている、という沈黙には見えなかった。


そして——その沈黙を、公爵が破った。


「一点だけ、よろしいか。陛下」


低く、よく通る声だった。


執務室で笑っている時の声ではない。ラインハイト公爵としての声だ。


「宰相閣下のご懸念は、おそらく"完成後の権能集中"についてかと存じます」


宰相が静かに視線を上げた。


公爵は続ける。


「ですが、その点については既に配属段階で担保されております。祈祷師(きとうし)代理の直接補佐という形式は、すなわち全工程に祈祷師代理が立ち会うということです」


それから、公爵はごく自然にエリシアを見た。


「——エリシア嬢。その認識でよろしいかな」


エリシアは一拍だけ考えた。


(……守られている)


宰相の問いに答えながら、公爵は「危険な存在ではない」と政治的に保証している。しかも、ヴァレリウスが全工程に立ち会う形で。


「はい」


エリシアは静かに頷いた。


「作業の全段階において、ヴァレリウス様が立ち会う想定です」


公爵の口元が、ほんの少しだけ緩む。


たぶん、「それでいい」という顔だった。


口にしてから、気づいた。その一文が式へ入った瞬間、演算の端が、少しだけ静かになっている。


(……「彼が立ち会う」には、安定化の効果がある)


新しい発見だった。今のところ、使い道のない発見だった。


宰相はその二人を見た。


銀の瞳が、一瞬だけ細くなる。


「なるほど」


三度目の言葉だった。


今度は少しだけ、人間らしい温度が混じっていた。


「でしたら、少なくとも"暴走"の懸念は薄い」


言葉は合理的だった。


けれどエリシアには、その「少なくとも」という一語が残った。


暴走の懸念は薄い。消えた、ではない。危険そのものがなくなったのではなく、止める手段がある——宰相は、そう判断したのだと思う。その手段が何を指すのかは、文脈上、明らかだった。祈祷師代理の直接補佐。全工程に立ち会う者。ヴァレリウス。


そう整理すると、公爵の口元がほんの少し緩んだ理由も、ひとつの式に収まった。


宰相の秤は、まだ完全には水平ではない。ただ今は、その傾きを許容できる範囲に収めた——エリシアには、そう見えた。

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