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『世界史赤点の俺。なぜか南北戦争の将軍になってしまった件』  作者: 西住
第一部 南北戦争に飛ばされた俺

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第九話 中国大返し

 戦況は、もはや誰の手にも収まっていなかった。


「報告!! 後方混乱!」


「撤退路が不明!」


「補給線が途切れています!」


 怒号のような伝令が次々と飛び込んでくる。


 銃声よりも、人の声の方がうるさい戦場だった。


「……まずい」


 俺は地図を見下ろしながら呟いた。


 ジャクソンの名前が頭をよぎる。


 敵将がいるかもしれない。


 いや、それ以上に——。


「首都が落ちたら終わりだ」


 口にした瞬間、自分でもゾッとした。


 戦争の勝ち負けなんて単純じゃない。


 でも“首都”だけは別だ。


「首都が落ちて、首脳がやられたら俺たちの負けだ……」


 呼吸が浅くなる。


「どうする……どうする……」


 考える。


 だが答えは一つしか浮かばなかった。


 ——撤退。


 それも、今すぐ。


「スミス!!」


「ハッ!」


「全軍撤退だ!!」


「……は?」


 一瞬、時間が止まる。


「撤退……ですか?」


「そうだ! 今すぐ首都方面へ戻る!」


「しかし将軍! この戦況で——」


「いいから動け!!」


 言葉が荒くなる。


 だが頭の中では、もう別の映像が浮かんでいた。


 崩れた首都。


 燃える議会。


 それだけはダメだ。


『珍しく真面目ね』


「うるさい!」


 守護霊に返事しながらも、指示は止めない。


「伝令! 全軍に通達! 即時後退!」


「了解!!」


 兵士たちがざわめく。


「勝ってるのに撤退だと?」


「何が起きてるんだ……」


 だが混乱している暇はない。


 俺は叫んだ。


「走れ!! 秀吉の中国大返しだと思え!!」


「中国大返し?」

「中国大返し?」


 スミスとジャックは不思議そうな顔をして俺を見た


「詳しい話はあとでする。

 今はとにかくすぐにでも首都へ行くんだ」


 兵士たちは半ば強引に後退を始める。


 砲兵は砲を引きずり、騎兵は伝令を走らせる。


「遅い…」


 俺は砲兵に声を荒げた


「そんな重たいものは置いていけ!

 砲を引っ張ってきた馬も使って

 すぐにでも首都へ行けるようにしろ」


ジャックが目を丸くして俺に聞いてきた


「そんなことをしたら砲が南軍に渡ってしまうぞ」


「それはわかってる。ただ…

 首都を落とされるわけにはいかないんだ!」


「わ、わかった」


 ジャックも大声を張り上げた


「撤退だ!撤退。」


 俺はさらに声を荒げた


「馬の数が足りないのであれば

 近隣の村から徴収しろ!」


「お、俺達は勝ってたんだよな?

 どうして撤退するんだ?」


「そんなの知るか!」


 戦場は“勝利の形”のまま崩れていった。


―――


 数日後。


 首都。


 疲れ切った兵士たちとともに、俺は議会前に立っていた。


 そして目の前に現れた男を見て、兵士達が固まる。


「よくぞ間に合ったな。

 まさかこんなにも速く撤退出来るとは…」


 周囲の空気が一瞬で凍る。


「なっ……」


「なぜ貴方様が我々の前に!?」


 スミスが青ざめる。


 ジャックも顔面を引きつらせていた。


 男は静かに一歩前に出た。


 長身。


 黒い上着。


 落ち着いた眼差し。


「問題ない。状況は理解している」


「敵の主力はまだ健在だが、首都防衛に支障はない」


「そ、そうなんですか」


 というか——。


「ところでアンタ誰だ?」


 言った瞬間、周囲が一斉に凍りついた。


「「「今すぐ謝罪しろ!!!」」」


「えぇぇぇ!?」


 ジャックが必死に耳打ちする。


「将軍……! この方はリンカーン大統領です!!」


「早く言え!!」


 全員が頭を抱えていた。


 リンカーンは軽く手を上げる。


「気にしなくていい。

 しかしこの国で私の事を知らない人物がいたとはな」

 

 リンカーンは先ほどとはうって変わって

 子供のような大笑いをした


 器が大きすぎる。


 そのまま彼は歩き出した。


「こちらだ。確認したいものがある」


―――


 首都外れ。


 そこに広がっていたのは——。


 無数の“南軍兵士”だった。


 しかし。


「……なんだこれ」


 俺は思わず立ち尽くした。


 人ではない。


 近づくにつれ、それが分かる。


 木。


 布。


 棒。


 作り物だ。


「人形……?」


 スミスが呟く。


「偽装だ……完全な陽動だ」


 ジャックの声が震えていた。


 そこには戦闘の痕跡すらない。


 ただ旗だけが立ち並んでいる。


 戦場だと思っていた場所が——ただの空き地だった。


 最初から兵士など存在しないかのように。


「……騙されたのか」


 誰かが言った。


 その瞬間、力が抜ける音がした。


 戦争の意味が、一瞬だけ分からなくなった。


 俺は空を見上げた。


「……帰りたい」


 もう何度目か分からない言葉だった。


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