第十話 西部戦線
ブルランの戦いから数日後。
首都は勝利ムードに包まれていた。
新聞は北軍の戦果を報じ、街では兵士たちが歓迎されている。
だが。
「……絶対やらかした」
俺は司令部の廊下で頭を抱えていた。
『まだ引きずってるの?』
「当たり前だろ……」
勝っていた戦場から撤退したのだ。
しかも大砲まで捨てた。
普通に考えて処罰対象である。
『でも首都は無事だったじゃない』
「結果論だ」
俺は壁にもたれながら深くため息をついた。
「絶対怒られる……」
その時だった。
「入れ」
重い声が扉の向こうから響く。
終わった。
俺は覚悟を決めて部屋へ入った。
室内には数名の将校たちが並び、中央の机には大きな地図が広げられている。
全員、妙に真面目な顔をしていた。
「貴官の部隊について、新たな命令が出た」
来た。
左遷だ。
絶対そうだ。
「貴官には西部戦線へ向かってもらう」
「……西部?」
「シャイロー方面だ」
聞いたこともない地名だった。
将校は淡々と続ける。
「現地部隊と合流後、防衛任務に就け」
防衛。
その単語だけで嫌な予感しかしない。
「……理由を聞いても?」
その瞬間。
将校たちが一瞬だけ視線を交わした。
嫌な沈黙だった。
やがて中央の男が短く答える。
「機密事項だ」
「は?」
「説明はできない」
それだけだった。
俺は思わず固まる。
なんだその言い方。
余計怖いんだけど。
『完全に何か隠してるわね』
「やめろ。怖くなるだろ」
将校は地図から目を離さないまま続ける。
「出発準備を急げ」
「……了解しました」
会議はそれで終わった。
本当に、それだけだった。
―――
司令部を出たあとも、頭の中は整理できていなかった。
「西部戦線……」
俺は廊下を歩きながら呟く。
「どう考えても左遷だろこれ……」
『まあ勝ってる途中で撤退したしね』
「やっぱりそうだよな!?」
思わず声が大きくなる。
その後ろを歩いていたジャックとスミスが顔を見合わせた。
「……大丈夫ですか?将軍」
ジャックが小声で呟く。
どうやら聞こえていたらしい。
スミスも腕を組みながら唸った。
「上層部も何かお考えあっての事……
あまり深く考えない方がいいですぞ」
「そのテンションの高さ見習いたいね」
俺はその足で宿舎へ帰った……
「かなり深刻そうに見えますね」
「まあ将軍であればすぐに復活するから
心配することでもないでしょうな」
本人だけが絶望し、
周囲だけが勝手に納得していた。
そして俺は知らない。
この“西部行き”が、
軍上層部にとってどれほど重要な意味を持つのかを。
「シャイロー……か」
聞いたこともない土地の名前が、
やけに不気味に聞こえた。
『次の地獄ね』
「帰りたい……」
その呟きは、誰にも届かなかった。




