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『世界史赤点の俺。なぜか南北戦争の将軍になってしまった件』  作者: 西住
第二部 戦争の理由

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第三十五話 奴隷解放宣言

 共同墓地には夜風が吹いていた。

 俺達はまだジャックの墓の前にいた。

 誰も帰ろうとはしない。


 墓標の前に置かれたマスケット銃だけが月明かりを反射している。

 その時だった。

 羽音。

 一羽の鳥が空から降りてくる。


「将軍」


 聞き慣れた声だった。


「リンカーン大統領か」


「すまないがホワイトハウスまで来てくれ」


 その声は疲れていた。

 俺は少しだけ眉をひそめる。


「今ですか?」


「ああ」


 短い返事だった。


「分かりました」


 通信は切れる。

 鳥は再び夜空へ飛び去った。


「行きますか」


 スミスが言う。


「ああ」


 俺達はジャックの墓へ敬礼し、その場を後にした。


---


 ホワイトハウス。


 執務室。

 リンカーンは机に向かって座っていた。

 だが書類はほとんど手付かずだった。


「来てくれたか」


「何の用です?」


 俺は単刀直入に聞く。


 リンカーンは苦笑した。


「君らしいな」


 そう言って窓の外へ視線を向ける。


「マクレランの話だ」


 部屋の空気が少し変わった。

 ジョンもスミスも黙る。


「彼とは政敵だった」


 リンカーンは静かに言った。


「議会では何度も言い争った」


「知っています」


 俺が答える。


 リンカーンは小さく笑った。


「だろうな」


 そして続ける。


「だがな」


 その声は先ほどより柔らかかった。


「それ以外では仲が良かった」


 しばらく沈黙。


「若い頃、彼と賭けをしたことがある」


 俺達は黙って聞く。


「どちらが先に大統領になるか」


 スミスが思わず吹き出しそうになる。

 リンカーンも少しだけ笑った。


「結果は私の勝ちだった」


 だが。


 すぐにその笑みは消えた。


「そして今は」


 リンカーンは静かに続ける。


「どちらが先にこの戦争を終わらせるか、その勝負の最中だった

 結果は……まあそう言うことだな」


 誰も何も言わない。


「君達で言えば」


 リンカーンはジョンを見る。


「ジャックとジョンのような関係だな」


 ジョンが少しだけ目を伏せた。


「意見は違う。

 喧嘩もする。

 それでも友人だった」


 リンカーンは小さく息を吐く。


「だから少し堪えるよ」


 その言葉には政治家ではなく、一人の人間としての感情が滲んでいた。

 しばらく静寂が続く。

 やがてリンカーンが顔を上げた。


「ところで」


 俺を見る。


「ゴップを覚えているか?」


「マクレラン派の人間ですか?」


 俺は肩をすくめた。


「どうなろうと私は知りません」


 スミスも苦笑する。

 ジョンは無言だった。


 だがリンカーンは首を振る。


「いや」


 静かな声だった。


「どうもそんな単純な話ではないらしい」


「どういう意味です?」


 俺が聞く。

 リンカーンは少し考えた後。

 静かに語り始めた。


---


 数時間前。


 マクレランの葬儀が終わった後。

 執務室には二人だけだった。


 リンカーン。

 そしてゴップ。


「話があるそうだね」


 リンカーンが言う。


 ゴップは少しだけ黙った。

 やがて口を開く。


「申し訳ありませんが、

 ここで隠居させてください」


 ゴップの目は一点の曇りもなく

 リンカーンを見つめていた


「どうしてだい?君の理解者である

 マクレランがいなくなった……

 だから辞めたいのかい?」


 リンカーンはゴップを見ながら言った


「もしそうであれば、その要望を

 認める事は出来ないね」


 はっきりと…そして

 恨みを持った目でゴップに言い放った


「……そう思いますよね」


 ゴップの表情が暗くなった


「それ以外の理由が見当たらないね」


 ゴップはポツリとつぶやいた…


「私は元々南軍の奴隷でした」


 リンカーンは黙って聞く。


「この戦いが始まってしばらくして

 サムター砦へ逃げ込みました。

 そして北軍に保護されたのです」


 ゴップは続けた。


「その後、私はマクレラン将軍と出会いました」


 窓の外を見る。


「彼は私に聞いたのです」


“南部の奴隷達は何を考えている?”


 ゴップは少しだけ笑った。


「私は正直に答えました」


「様々です。

 自由を望む者もいる。

 今のままで良いと考える者もいる。

 主人に恩義を感じている者もいる。

 何も分からず生きている者もいる」


 リンカーンの表情が変わる。


 ゴップは続けた。


「その時マクレランは私にこう言ってくれました」


“本当に我々は南部の人々の声を聞いているのだろうか”と


 静かな声だった。


「大統領は偉大な人物です」


 次の瞬間ゴップは身を乗り出して

 リンカーンに詰め寄った


「ですが奴隷制度を憎み過ぎている!!!」


 リンカーンは反論しない。


「だから私は政治の世界へ入りました。

 そしてマクレラン将軍と協力した」


 ゴップは続ける。


「彼が大統領になれば、南部の声を聞くことが出来る。

 南部の同胞の思いが成就される。

 そう信じていたのです」


 やがてゴップは小さく頭を下げた。


「ですがその夢も終わりました」


 リンカーンは黙って聞いていた


「それでは失礼します」


ゴップが執務室を出ようとした瞬間だった


「ゴップ教えてくれ!

 君のいう黒人奴隷はどれだけいるんだ?」


「……!!」


「私は奴隷がいなくなれば

 すべてがうまくいくと思っていた」


 リンカーンは続ける


「しかし君の言うことを聞く限りだと

 そう事は簡単じゃないようだ」


 ゴップの表情が明るくなった


「大統領!!ありがとうございます!!!!」


「しかし条件がある。

 この戦いが終わるまで君は故郷に帰れない」


 リンカーンは続けた


「私の考えを聞くと言うことは

 北軍の最重要機密事項に触れると言うことだからな」


「……前向きに善処しましょう」


「ハハハ。善処じゃ困るんだがな」


 だがその瞬間だけ、

 ゴップの表情が妙に晴れやかに見えた。

 

 しかしリンカーンはそれに気付かなかった 


「ではゴップ聞かせてくれ

 マクレランに何を伝えたんだ?」


 ゴップが笑う。

 リンカーンもつられて笑った。

 マクレランの死以来。

 リンカーンが初めて見せた笑顔だった。

---


 話が終わる。

 執務室は静まり返っていた。

 俺達も何も言えない。


 やがてリンカーンが立ち上がった。


 窓の外を見る。

 暗い夜空。


 戦争。

 死者。

 友人。

 国家。


 全てを見つめるように。

 そして小さく呟いた。


「君達はどう思う?」


 俺はリンカーンへ伝えた


「俺は政治は分かりません

 ですが戦争を終わらせたいとは思います」


 もうジャックのような出来事が起こって欲しくない

 心の底からの本音だった……


「そうか…

 アレを持ってきてくれ」


 秘書が持ってきたのは

 ある一枚の紙だった……


 リンカーンはそれを受け取って

 俺達にその紙を見せた。

 

 そしてただ一言告げた。


「この国を変える」


 その声には迷いがあった。


 しかし確実に何かを成しえたい……

 その決心は感じることが出来た


「この宣言書を全アメリカへ向けて発効する」


 俺はこの時のリンカーン大統領の目を

 未来永劫忘れることが出来なかった。


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