第三十四話 弔鐘
教会の鐘が鳴っていた。
静かな音だった。
戦場の砲声とは違う。
人を送り出すための音だった。
教会の中には多くの人々が集まっている。
軍人。
政治家。
市民。
その中央には一つの棺が置かれていた。
マクレラン将軍。
その名を知らぬ者はもういなかった。
やがて一人の男が祭壇の前へ立つ。
リンカーン大統領だった。
「彼とは政敵でした」
静かな声だった。
「議会では何度も言い争いました」
会場から小さな笑いが漏れる。
リンカーンも少しだけ笑った。
「ですがそれ以外では仲が良かった」
しばらく沈黙する。
「今でも思い出します」
リンカーンは遠くを見た。
「若い頃、彼と賭けをしたことがあります」
参列者達が耳を傾ける。
「どちらが先に大統領になるか」
今度は少し大きな笑いが起きた。
「結果はご覧の通りです」
リンカーンは肩をすくめる。
だがすぐに表情が変わった。
「そして今は
どちらが先にこの戦争を終わらせるか……
その勝負の最中でした」
教会が静まり返る。
リンカーンは棺を見る。
「どうやら今回は…」
小さく息を吐いた。
「私の勝ちが強制的に
決まってしまったようです」
誰も笑わなかった。
それでも。
その言葉はどんな追悼の言葉よりも重かった。
その頃。
俺達は教会にはいなかった。
首都の外れ。
貧困層向けの共同墓地。
豪華な墓石はない。
立派な棺もない。
あるのは小さな墓標だけだった。
「完成しましたな」
スミスが汗を拭く。
俺は黙って墓を見つめた。
その前には一本のマスケット銃。
マクレラン将軍の遺体回収時に発見された物だった。
ジャックの物だ。
「ちっぽけな墓だけど
榊原さん……許してね」
「榊原?」
俺は聞き返した
「そうか…将軍には伝えてなかったね」
ジョンの顔は涙で
ぐしゃぐしゃになっていたが、
はっきりとした口調で俺に伝えてくれた
「ジャックの本名。日本での名前だよ」
ジョンは続ける
「将軍。今まで気にならなかった?
どうして私とジャックが日本語をしゃべれるのか」
俺は黙って聞いた
「私とジャックは日本で商人をしていたの」
ジョンは続ける
「丁度商品を江戸に届けるために海路を通っていたんだけど、
その時に嵐にあってね。それで船が遭難したんだ」
スミスは驚愕の顔で聞いていた……
おそらく初耳なんだろう
「その際に何か問題があった時のために
護衛をつけていたんだ」
「おい!まさか…その護衛って!?」
「そう「榊原」だよ」
ジョンは遠くを見るような眼をして続けた
まるでジャックがそこにいるかのように……
「遭難した時にね。その護衛が私達を助けてくれたんだ
そしてその護衛の最後の言葉……」
「……」
俺とスミスは無言でうなずいた
「もし命を捨てることがあった時は
他の誰かを守るとき。それ以外で命を捨てることは許さん!
それが「榊原」の名を託す条件だ!!」
「そう言って彼は流されたんだ」
スミスは愕然としていた
「ちょっと待ってくれ!
じゃあアイツがシャイローで逃げ出そうとした理由」
俺もそれに続いた
「ゲインズで俺達を逃がすために突撃した理由って・・・」
「そうジャックは「榊原」として
行動していたんだよ」
俺は初めてジャックの今までの行動理由がわかった
シャイローで逃げ出そうとしたのは
自分が助かりたかったわけじゃない
このまま戦死したら他の人……
つまり俺達を守れない
だから逃げようとしていた
そしてゲインズでは今命を捨てなければ
俺達を守れない……
だから一人で俺達を守るために
一人であんな無茶をしたんだ……
「そしてジャックが将軍を
大砲で怪我させようとした理由……」
ジョンは続ける
「それは少しでも多くの人を守るため
私が効果のある治療法を多く見つければ
助かる命が増える」
「だから榊原さんは進んで私のために
大怪我をしてくれたんだ……」
独白をしたジョンの顔は
決意のようなものを感じ取れた……
-------
その後葬儀が終わった数時間後
ホワイトハウス。
執務室には一人の男が座っていた。
リンカーンだった。
机の上には書類が積まれている。
だが全く手が進んでいない。
「大統領」
秘書が恐る恐る声をかけた。
「少し休まれては?」
「そうだな」
リンカーンは苦笑した。
「だが休んでいる暇もない」
そう言いながらも視線は窓の外へ向いていた。
秘書は静かに頭を下げる。
その時だった。
「失礼します」
別の声が響く。
リンカーンが顔を上げた。
扉の前。
逆光で顔は見えない。
ただ一人の男が立っていた。
「君か」
リンカーンが呟く。
男はゆっくりと部屋へ入った。
「申し訳ありませんが、
隠居させて頂きませんかね?」
「どうしてだい?」
リンカーンは答える。
「君の最大の理解者である
マクレランが戦死した。
その結果居場所がなくなったからかい?」
男は答える
「……そう聞こえますよね」
「それ以外の理由が見つからないね」
男は黙った
「もしそれが理由なら
君の隠居は認めない!!」
リンカーンは男を睨みつけた
「大統領…少し私の話を聞いてくれませんか?」
リンカーンは頷いた。
数分後。
夜空へ一羽の鳥が飛び立つ。
その行き先は。
共同墓地だった。




