第二十九話 衝突
朝は来なかったような気がした。
正確には、来ていたのだろう。
だが戦場の空気が、それを拒んでいた。
砲声が鳴る前から、空気が震えていた。
「前進!」
ポープの声が響く。
その瞬間、世界が割れた。
森の奥から一斉に火が吹く。
音が遅れて押し寄せる。
銃声というより、破裂だった。
「来たぞ!」
誰かが叫ぶ。
だが“どこから来たのか”は分からない。
正面。
側面。
そして――見えない背後。
「隊列維持!」
スミスが叫ぶ。
だが隊列という概念が、すでに崩れていた。
人が散る。
煙が分断する。
命令が届かない。
「将軍!」
スミスが馬を寄せる。
「想定より速いです!」
「速い……?」
俺は前を見る。
速さの問題ではない気がした。
これは“速度”じゃない。
構造そのものだ。
その時だった。
地面が続く方向に違和感が走る。
廃線。
鉄の直線。
そこに、動きが集まっていた。
「誘導されているな」
思わず口に出た。
「何ですって?」
スミスが聞き返す。
「ここに押し込まれている」
俺は廃線を見た。
戦場なのに、一本の“流れ”ができている。
逃げ道ではない。
流される道だ。
「前方部隊、接敵!」
叫び声。
そして――
銃声が一段階大きくなる。
廃線の中。
そこに“南軍”がいた。
だがただの防御ではない。
撃っているのではなく――待っている。
「……来るべき場所に来た、って顔だな」
俺は呟いた。
『罠ね』
守護霊の声。
「ああ」
俺は短く答えた。
その瞬間。
右側で爆発音。
「側面攻撃開始!」
ポープ軍の一部が動く。
だがそれも計算されたように崩される。
「動きが早すぎる」
スミスが顔を歪める。
「まだゴップ軍は――」
言いかけて、止まる。
遠くで砲声。
別方向。
来ている。
後ろから。
「予定通りだな」
俺は静かに言った。
だが予定通りすぎる。
まるで、戦場そのものが設計されているようだ。
その時だった。
「将軍!」
伝令が叫ぶ。
「右翼、崩壊!」
「左翼も持ちません!」
戦線が“形”を失っていく。
点ではなく、線でもなく。
面として崩れていく。
「ジョンは?」
俺は振り返る。
彼女はすでに前にいた。
医療鞄はない。
銃だけがある。
「行きます」
それだけ言った。
声は静かだった。
だが、もう戻らない声だった。
銃声。
叫び声。
鉄の軋み。
廃線が、完全に戦場になった瞬間だった。




