第6話:雨の中の待ち人(前半)
今日は朝からずっと雨が降っている。夢は机に肘をついて、窓を打つ雨をこっそりと眺めていた。先生の書く板書の音が、雨音にかき消されずにやけに大きく響く気がした。
「それじゃあ、係の人はノートを集めて持ってきてくださいね。」カタン、と先生がチョークを置いた音がした。
「お願いしますね!夢さん。」
「……はい!」急に名指しされたことに驚いて、夢は即座に返事をした。
夢は、そういえば係だったな、と心臓をバクバクさせながら思い出す。
「今思いっきりぼーっとしてたでしょ。」前の席に座っている英子が、夢を振り返って笑いかける。
「あはは。」夢は英子に一瞬苦笑して見せたものの、すぐにクラスメイトに呼びかけた。
「すみません!ノート回収するので持ってきてくださーい!」
「お願いしま〜す。」英子から手渡されたノートを受け取りつつ、その上に他のクラスメイトのノートを積み上げてもらった。
教室から出ようとしていた男子たちも「あ、やべ。」と言いながら戻ってくる。そんなこんなで、夢の手元にはすぐ38人分のノートの山が積み上がる。
「夢〜、それ早く持ってっちゃお?中休み短いもんね。」英子がノートの山から半分ほどを受け取って言った。
「うん。ありがと。」夢がお礼を言うと、英子は嬉しそうに「どういたしまして」と笑う。
「にしても先生さ、どうせすぐ回収するなら、自分で集めればいいのにね。」廊下に出ると英子がすかさず愚痴を言う。
「仕方ないよ。先生だって授業に使うもの多そうだったし、手が空かないんでしょ。」そう言いつつも、夢は少し口を尖らせた。
「そうだけどさ……。あ、そうだ。今日傘持ってる?」英子がまたいつものように唐突に話題を切り出すので、夢は少しだけ考え込んでしまった。
「傘?英子、持ってきてないの?」
「そうなの。なぜかいっつも忘れちゃうんだよね。」それは理由になっているのか、とは思ったものの、夢は「ふ〜ん」と軽く受け流す。
「で、朝はどうしたの?」
「ほら、微妙に止んでたから。」
「いや降ってたでしょ。……てか今すごい雨だよ?傘ないとびしょ濡れになっちゃうよ?」夢はため息をつきながら窓の外に目をやった。
「……おねが〜い、入れて?」英子は申し訳なさそうにしながらも、わざとらしい上目遣いで夢を見た。
「……はぁ、仕方がないなぁ。濡れたら仕方ないもんね。」夢はやれやれと言った体で英子のお願いを受け入れる。
廊下では、いつもは外で駆け回っている男子グループが、つまらなそうに暇つぶしをしている。なんとなくだが、いつもよりも廊下が少し騒がしいように夢は感じた。
「えへ、ありがと。」
「ほんと反省してよね。」悪びれる様子のない英子に、夢は思わず肩をすくめた。
職員室に着くと、夢は英子からノートを受け取り、一人で職員室へと入ることにした。
「それじゃあここで待ってるね。」
「ん。」廊下で待つと手をひらひらさせている英子に対し、夢は短く返答した。
職員室では、先生たちがコーヒーを飲みながら雨を見ていたり、談笑していたり、半分くらいは忙しそうに机に向かって作業をしている。
「先生、ノート、持ってきました。」
「あ、ありがと。受け取りますね。」夢が声をかけると、先生は広げていた資料の上から即座に顔をあげて、ノートを置くための場所を示した。
「すぐに持ってきてくれて助かりました。あ、そうだ、夢さん。」
「なんですか?」
「最近、帰りが遅くなっていると聞きましたが、大丈夫ですか?最近、何かと不穏な話も聞きますからね、あまり遅くならずに帰るんですよ?」
「あ、はい。分かりました。」夢がノートの山を置きながら素直に返答すると、先生はふふっと少しだけ笑ってまたすぐに資料の上へと視線を戻した。
夢は、誰から聞いたんだろうと疑問に思いつつも、面倒なことになる気配を察して深くは聞かず、さっさと職員室を後にする。
そのあとは何事もなく1日が過ぎて、ただ強まる雨足を見つめながらも、ぼんやりと夢は放課後を迎えた。
「それでさ、雨の日だけ現れる女の人の話なんだけど。」HR終わりに玄関を出て、英子と二人で歩いていると、またいつものように英子が切り出す。
「……いつものことだし、さすがに慣れたけどさ、今度はなんなの?」英子を自分の傘に入れながら、夢は何でもないかのように返事を返す。
「えへ、嬉しいなぁ。なんだかんだもう半年以上の付き合いだもんね。」英子は心底嬉しそうに微笑んだ。
夢は3年前にこの街に来た。英子とはかなり仲良く付き合ってはいるけれど、実際には2年生の時に同じクラスになってからの、まだまだ短い付き合いだった。それは英子の気さくさのせいか、もともと親の転勤による転校が多かった夢の適応力の高さのせいか。いずれにせよ、2人はこうして当たり前のように、毎日一緒に歩いて帰る。
「で、雨の日限定の女の人って?」
「わ、珍しい。今日は夢から話題振ってくれるんだ〜。」英子はさらに嬉しそうに笑った。
「いやちが……はぁ、まぁ何でもいいんだけどさ。」英子の発言がじゃれあいのようなものだとわかってはいても、夢はつい振り回されてしまう。
「えっとね。私たちがいつも通る帰り道の交差点。あの交差点に立ってるの。赤い傘を持った女の人が。」英子が不意打ちのように続きを話した。
「え。」
話しながら歩いていると、ちょうど、例の交差点の前にたどり着いていた。向こう側には微動だにせず立っている女の人。よく見ると傘を2本手に持っていて、一つは自分で差し、もう一つの小さいほうは腕にかけて持っていた。
「えっと。」夢は英子の顔をうかがうように覗き見た。
「うーん、でもそれっぽい人見当たらないね。」
「あ、うん、そうだね。」小首をかしげながら言う英子に対し、同調するように夢は答えた。
赤から青に変わった交差点を渡るとき、夢は注意深く女の人を観察してみる。女の人は首を伸ばして左右にゆらゆらと揺れている。その姿は、まるで誰かを探しているようにも見えた。




