第5話:失せものを探して(後編)
次の日の放課後、今井夢は英子と一緒に校門を出た。
「それでね、昨日の話の続きなんだけど。」英子が瞳を輝かせながら話を振る。
「神隠しにあった子が、見つかったらしいよ?」
「神隠し?」夢は急な話題に乗り切れずに怪訝そうな顔をした。
「あれ、団地公園の話だよね。揺れるブランコって言ってなかった?」
「あー、それもあるんだけど、プラスの話なの。揺れるブランコと神隠し。夕方以降になかなか帰らないでいると、連れてかれちゃうよ?って。」英子はわざとらしく片目を瞑って見せた。
時刻はもう夕方で、少しずつ沈んでいく太陽が空間を赤く染めている。5時の鐘はすでに鳴り終わり、帰宅中の生徒がまばらに見える。半数は部活動のために学校に残っているが、夢と英子はなんとなく一緒に帰るのが恒例になっていた。
「そんな話聞いたことないけど。」夢は怪訝そうに眉を顰める。
「ん、まぁ、脅かしの側面がないわけじゃないと思うけど。なぜか昔からそうなの。いなくなっちゃう子供がいるの。」夢は引っ越してきた人だから知らないよね、と英子は声を潜めながら話を続ける。
「連れ去りじゃなくて?」夢もつられて声を潜めた。
校門を出ると、生徒たちはさらに数が少なくなるように見えた。しかしこの手の話はなんとなく大きな声では話しづらい。
「うーん、そういうのが全くないわけじゃないのよ。ガチの連れ去り案件、過去に一度あったみたいだし。ただね?それ以外が明らかに不自然なの。」英子は好奇心と恐れが混ざり合ったような瞳をしている。
「不自然?」
「ほら、あの公園って、隠れる場所はそれなりにあるけど、だからと言って見つけられなくなるほど複雑なわけじゃないでしょ?住宅街にある以上、そこまで大きい公園でもないわけだし。」
「それはそうだね。」夢は昨夜見た団地公園の敷地を思い出す。
あの団地公園にはいくつかの遊具と砂場、多少の木や低木、花壇と開けた場所がある。いわゆる公園としてはよくあるものがぽつぽつと配置されているだけの、いたって普通の公園だった。
「不足はないけど思い切り遊ぶにはちょっと物足りないような?そんな感じの公園でしょ?でもね、あの公園でかくれんぼをすると、そのまま見つからなくなっちゃうことが、たまにあるの。」
「え?」揺れるブランコよりもさらに奇怪な情報が飛び出したことに、夢は驚きを隠せなかった。
「なんで?」
「そんなの知らないよぅ。でもね、だからあの公園は、長居しちゃダメだよって言われるんだよ。」英子はふざけたような言葉の後に、なぜか妙に神妙な面持ちで語った。
夢と英子は今、比較的大きな通りを歩いていたが、少なくないはずの車の音が、今は少しだけ遠くに感じて背筋が震える。
「特に、夜はね。この街って、なぜかそんな話がたくさんあるの。よそからはね……吹き溜まりって言われてるんだよ?」吹き溜まり、という言葉を、夢は頭の中でなんども反芻した。
「……初めて聞いた。」
「そりゃあ、夢はまだここに来て3年とかだもんね。こんなこと言ってる私だって、別に何かに出会ったわけじゃないですしぃ。」やけに芝居がかった口調で英子が言う。そうだったのか、と夢は思った。
二人はゆっくりと道を歩きながら、途中で何人かの人にすれ違った。ランニング中のおじさんや、やたらと早歩きの学生や、自転車に子供をのせている女性、最近よく見かけるキックボードの男性などだ。道行く人々を眺めていると、夢の頭の中で何かがピンと繋がった。
「あぁ、だからか。」夢は思わず呟いた。
「うん?何?」
「いや、なんでも。」英子に伝えることではないので、夢は慌てて誤魔化した。
「で、見つかったってのは?」夢が話を戻そうとすると、英子は軽く小首をかしげた後で続きを話す。
「あぁ、ほらB組の美香ちゃんの弟くん。1週間前に公園で消えて、今朝早くに、倒れてるところを発見されたんだって。しかも、その例の団地公園の近くでさ。」英子はさっきまでとは打って変わって淡々と語った。
「あ、だから今朝少し騒がしかったのか。いつも人がいない時間に出てるのに。」夢は納得して何度か頷いた。
「てか英子、耳が早いね。」
「そりゃそうよ、結構狭いコミュニティなんだから。」
「そういうものかな。」
「そういうものよ。」
2人はいつしか、駅前の交差点まで歩いてきていた。もう最寄り駅はすぐそこに見える距離だ。季節柄か、もうすっかり陽が落ちて、少しずつ街灯が灯り始める時間になっていた。横断歩道の前まで来ると、赤になったので立ちどまる。人通りはまばらだが少なくはない。向かい側には、赤い傘を持った女の人が立っていた。
夢は、どうしてかその女の人が気になって仕方がなかった。天気予報を確認しても、雨の予報は出ていない。降りそうな兆しもない。それなのに傘を持っている。日傘なのかもしれないな、と夢は自分を無理やり納得させることにした。
青になる直前に、一台のトラックが目の前を通り過ぎた。少し急ぎすぎではないかと、トラックを目で追いながら、夢は密かに顔を顰めた。英子と2人で歩き出す間際、夢が再び向かい側を見ると、赤い傘を持った女性はいなかった。
色々と寄り道をした後で英子と別れて、またいつものように肉まんを食べながら夜の団地を歩いていると、昨日と同じように公園の前を通りかかった。なんとなく例のブランコが気になって、夢は思わず確かめようと近づいた。
しかし今日は昨日とは違い、公園内はシンと静まり返っていて、ブランコもまた大人しくぶら下がっているだけのようだった。
「こんばんは、夢さん?ここでいったい何をしているんです?」後ろから聞こえた声に顔をあげると、そこには朝見終夜が立っていた。
またいつもと同じスーツ姿に、笑顔を貼り付けたような顔で首を傾げている。自分より背の低い夢に合わせて、少しばかり屈んでくれているようだった。
「えっと、こんばんは。ちょっとブランコが気になって。」
「おや、押しましょうか?」終夜はなぜかちょっと嬉しそうにして、両拳を胸の前に持ってくる。
「乗りませんよ。ブランコっていうか、女の子がいませんでした?」
「昨日の、ですか?いいえ?もういませんよ。」終夜は少し残念そうに、肩を落としながら返答する。
「もう?」
「はい。私が連れていきましたから。」終夜の意味深げな返答に、夢はまた眉を顰める羽目になった。
「前もそんなこと言ってませんでしたか?もういないって。いったいいつも何してるんです?」夢は思わず問いかけた。
「1人だけでも返せてよかったです。」終夜は、夢の問いに対しては何も答えなかったし、その答えの意味を夢はまだ深くは受け取らなかった。
「ちょっと!君!何してるの?もう暗いんだからいつまでも1人でフラフラしてちゃダメでしょうが!」夢が我に帰って振り返ると、いつの間にか警察官が近づいてきていた。昨日と同じ人だった。
「あ、すいません。でも1人じゃなくて……あれ?ここにいた人は?」
「何言ってるんだい?ずっと君しかいなかっただろ?」警察官は怪訝そうな顔で夢の顔を覗き込んだ。
「ほら、この公園、よくない噂もあるみたいだし、それでなくとも夜は危ないんだからね。……送ってあげようか?」警察官は心配そうな顔をしている。
「いえ、大丈夫です。ここからもう一個先なので。」夢は両手を振って返答した。
「そうか、なら気をつけて帰りなさい。」
夢は公園の入り口で警察官と別れた後、もう一度だけブランコの辺りを見返した。赤い小さなブランコは、風もないのに大きく揺れて、また何事もなかったかのように動きを止めた。当然誰もいない公園内から目を背けて、夢は黙って家へと帰った。




