第4話:失せものを探して(中編)
「もーいーかい!」
「まーだだよ!」
幾人かの子供たちが夕方の団地公園で遊んでいる。小学生くらいの少年少女たちがかくれんぼをしているようだった。高学年の少年が率先して鬼をやり、思い思いの場所に隠れる低学年の子達を、ゆっくり時間をかけて見つけ出す。
「みつかっちゃったぁ!」
何人目かの子が見つかったときには、すでに帰りの鐘が鳴る時間になっていた。何人かの子供たちは鐘の音を聞いて我先にと駆け出し、「ばいばい、またね」と言う間もなしに帰路に就く。中には危ないからと、親が迎えに来ている子もいたり、遠目に見ていたお母さんや兄弟と一緒に帰る子もいた。
鬼の少年はあと一人見つけられていないことを知っていて、もう一回り探すことにした。しかし、小さな子供とはいえ低学年の児童が考えるようなめぼしい隠れ場所を、およそ一通り見て回っても一向に見つからない。鬼の少年は小首をかしげて、もう帰ったに違いない、と考えた。自分もそろそろ帰らなくてはと思い、鞄を掴んで公園を出た。
「みんな?どこ行ったの?」
直後に、少し奥まった場所の茂みの中から、低学年らしき少年が顔をのぞかせた。薄暗くなった公園をきょろきょろと見回してみても、もうすでに他の子供たちの姿は見つからない。街路はぽつぽつと電灯がつき始め、自分の手がぼんやりと見えるぐらいまで暗くなっていた。少年は、自分も帰らなければと思いだした。
急いで自分の鞄のところまで行くと、ポケットに手を突っ込んでお気に入りのおもちゃの感触を確かめようとする。手のひらサイズのヒーローの人形が入っているはずのポケットには、しかし何も入っていなかった。もっと奥まで手を入れようとすると、するりと指が通り抜けて自分の膝に手が触れる。あろうことか、大きな穴が開いていたのだ。
少年はお気に入りの人形を探し始める。時計の長針がもう数字二つ分くらい進んでも、まだずっと探し続けていた。あれは、普段少年におもちゃを買わない母親が、珍しく買ってくれたものなのだ。なくしてしまったと知ったらきっとがっかりさせてしまうと思っていたし、それでなくとも大好きなヒーローを模した人形を、肌身放さず持ち歩くくらいには、少年にとっても大事なものだったのだ。
「どうしよう、どこにもない……。」
あたりはすっかり暗くなって、もう自分の足元すら目を凝らさないと見えなくなった。少年の目からは涙がこぼれ落ちた。
「うっ、ぐす……。」
少年が心細さで泣いていると、後ろから近づいてくるものがいた。それは気づかれないようにゆっくりゆっくりと近づいてきて、少年めがけてぐわっと腕を突き出した。
「ばぁ!」
「うわっ!」
少年の後ろにいたのは同じくらいの背格好の女の子だった。少女は、少し古風な青いワンピースを着て、闇に溶けてしまいそうな色の二本のおさげを片方の手でくるくるといじりながら立っていた。
「え、だぁれ?」
少年は、少女を見たことがなかった。さっきまで遊んでいた子供たちの中にはいないばかりか、学校ですら見たことがなかった。少女はいたずらをした後のようにクスクスと笑っているだけだ。
「私も一緒に探してあげましょうか?」
「ほんと?」
「うん!その代わり、私と一緒に遊んでね?」
「分かった!ありがとう!」
「どういたしまして。でもまだ見つけられてないんでしょ?ほら、もっと向こうも探さなきゃ。……こっちこっち!」少女は少年の手を引っ張って、さらに暗いほうへと向かおうとする。
「やだ、ねぇ、そっちは暗いんだよ?」再び泣きそうになる少年を、少女は全く気にもせずに引っ張っていく。
「向こうにね?ブランコがあるの。そっちで遊ぼう?」
「え?人形を探すんじゃないの?」
「遊びながら探せばいいじゃない。まだまだ夜は長いんだもの。ちょっとくらい放っておいたって、平気よ平気。」少女の力は振りほどけないほど強く、少年はほんの少しだけ怖くなった。
「お待ちなさい。あまり奥へと行くものではありませんよ、お嬢さん、お坊ちゃん。」またもや誰かがやってきた。
少年は、今日はなんだか賑やかなんだ、とふと思った。しかし、なぜそう思ったのかはよく分からない。今日は、というか、なくしものをしたのは今日が初めてのはずだったし、少女に会ったのも初めてのはずだ。それでもどこかに感じる、見知ったような違和感に、少年は思わず首を傾げた。
「ほら、こっちへ戻っておいで。そっちに探し物はありませんよ?」
男の人の声はなおも少年と少女に呼びかける。少年が振り返ろうとすると、少女の強い力で引っ張られ、よろけてしまう。
「ねぇ、遊んでくれるんじゃなかったの?お願い、あっちへ行かないで?」少女はうるんだ瞳で訴えかける。
「でも。ぼく……。」
「はぁ、まったく。しかたがありませんね。」
急に後ろから聞こえてきた声に、2人は思わず肩をすくめた。少女の力が緩んだすきに、少年は後ろを振り返る。そこに立っていたのは、目の細い長身の男だった。
「こんばんは、朝見終夜と申します。ほらお二方、あまり暗いほうに行ってはいけないでしょう?……探し物は向こうにありますよ。一緒に向こうまで戻りましょう。」
男は細い目をさらに細めてにこりと笑う。いや、常に笑っているような顔だから、表情の区別をつけるのは少し難しい。
「ほらお嬢さんも、ね?あまり他人を引きずり込んではいけませんよ。」
少年が少女の方を見ると、少女はわざとらしく頬を膨らませて、むくれたような態度をとっている。しかししばらく終夜を睨み付けた後、ふぅとため息をついて「分かったわよ」と小さく答えた。
「良かった。さぁ、向こうに戻りましょう。」
朝見終夜はそう言うと、2人に向かって手を伸ばした。少年はすぐにその手を掴み、少女も渋々その手を掴んだ。終夜はにこりと笑みを深めた。
「ほら、お坊ちゃん。お母さんが探していますよ。」
「え?」確かに耳を澄ませてみると、遠くで少年の名前を呼ぶ声が聞こえる気がした。
「お嬢さんは、もう少し私と遊びましょうか?」
「もういいわ。なんかしらけちゃった。」少女はそういいつつも、すっきりした顔で笑っているように見えた。
「でももうちょっとだけお話ししたいわ。」
「もちろんです。」終夜はにこりと笑って答えた。
「でも、探し物の方はどうしたの?」少女は別になんでもいいけど、というそぶりで終夜に尋ねた。
「えぇ、それならもう探すまでもなく、お友達が拾って持っていますよ。目を覚ましたら返してくれるでしょう。」
「あら、そう。……ね、ブランコ押して?」少女は瞳を輝かせながら終夜にねだった。
「はい、わかりました。しばらく押したら、私と一緒に来てくださいね?」
「しかたがないわね。わかったわよ。」少女はふてぶてしくも応じて見せた。
少年の姿はすでになく、夜の公園にはブランコの揺れる音だけが響いている。入口の方からこちらを見ている人影がいたので、少女はにこりと笑って見せた。




