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夜は記憶の片隅で  作者: Nova


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第3話:失せものを探して(前編)

 日中、中学生の今井夢は、教室で今朝のことをなんとなく考えていた。あの最寄り駅のホームでは、終電から始発までの時間に、スーツ姿の女の霊が出ると聞いたことがある。

 何をしてくるでもなく、ただ立ちすくんでいるか、ベンチで眠っているかのような女の人で、それが生きている人ではないと気づかない人も多いらしい。実際夢は、始発を利用するためにあの駅に向かい、その女の人を見かけたことが何度かあった。


「あ、夢~。なぁにまたぼーっとしてんの?」クラスメイトの英子が声をかける。

「ん?別に。今日の夜ご飯何かな~って。」夢はごまかすかのように当たり障りのない返答をした。

「え?夢ってそんなに食いしんぼさんだっけ?」英子はクスクス笑った。

「てかそんなことより、次移動教室だよ?」

「あ、忘れてた。行こう!」夢は急いで、教室後ろのロッカーへと荷物を取りに行き、英子と連れ立って2-Aの教室を出た。


 すでにクラスの大半は教室を出ており、自分たちの向かう方向からにぎやかに話す声がする。遅くなったとはいえ、まだ猶予はある。夢と英子はいつもよりほんの少し早く歩きながらも、まだしゃべり足りないような英子がふと口を開いた。

「ね、夢~。あの〇〇駅の女の人のうわさ……。」

「知ってる。別に何もしてこないんなら怖くないじゃん。」英子の言葉を遮り、予測するかのように結論を話す夢に、英子は不服そうに口を尖らせた。


 英子はほんのり茶髪のセミロングの髪に、いかにも清楚系といった顔立ちのせいで、男子からの呼び出しが絶えないタイプの女子だった。実際誰に対しても人当たりが良く、しぐさや言動がいちいちかわいらしい英子は、学年の誰からも好かれている。

 大して夢は、嫌われてはいないものの取り立てて目立つタイプでもない。一人でいる時間の方が少し多いぐらいの地味な女の子だった。


「そうなんだけど、夢、いつも〇〇駅から通ってるじゃない?大丈夫なのかなぁって思って。」英子はコテンと首を傾げた。

「大丈夫も何も、全然何も起きないよ?」夢は眉をしかめながら英子を見つめた。

「そうなの?つまんな……いや、何もないならよかった!」

「つまんなって言った。」

「言ってないよぅ!」英子と夢はじゃれあいながら走り始めた。


 二人が理科室に入り、席に着くのとほぼ同じタイミングで鐘が鳴った。しかし担当の教師はまだ準備に手間を取られているらしく、奥の部屋でガサゴソとやったままいっこうに出てくる気配がない。


「夢~、駅の女の人、過労死、なんだって。終電後、疲れ切ったその人は駅で眠っちゃって、そのまま、ね。時々その駅では、終電と始発の間の時間帯にその女の人が現れるのと、帰りたい、って声が、聞こえることがあるらしいよ。」英子は夢に顔を近づけてひそひそとしゃべりかけてきた。聞いてもいないのになんでも話して聞かせるところは、英子のいつもの癖だった。


「あぁ、なるほど、ね。」夢は頬杖を突きながら答えた。

「うん?やっぱりなんか知ってたの?」

「ううん、何にも。」興味津々で目を見開く英子に対して、夢はなんてことないかのように答えて見せた。

「ふーん?それじゃあ、こんなのはどう?」英子はさらに顔を近づけて話し始める。なんというか、霊とかオカルトとか、そういう不思議な話が好きな子なのだ。

「団地公園の、ひとりでに揺れるブランコの話、とか。」


「遅くなってすまなかったな!さぁ、授業を始めるぞ。」準備が整った先生の声に、英子の話が中断される。

 はーい、と口々に返答する生徒たちは、各々やや退屈そうにしながらも友達との話をやめて、前を向いた。

「あちゃ、また今度。」英子もまた例外ではなく、おとなしく話を中断して教科書とノートを開いている。

 夢はと言えば、遠ざかりたいと願えば願うほど近づいてしまうこの現象に、何とか名前を付けられないものかと画策していた。


 結局、英子は授業が終わった後も噂の話を続けることはなかった。課題のある授業もあって、二人とも準備に時間を取られていたからだ。とはいえ、夢は英子の話したがっていた噂について、なんとなくは知っていた。おそらくあれのことだろうという確証もあった。


 部活も終わり、学校から帰っている途中の夢は、いつもとある団地公園の前を通り過ぎる。今日もまた例外ではなく、とっくに真っ暗になってしまった市街地を、途中のコンビニで買った肉まんを食べながら通り過ぎる。


 まだ残暑の残る時期ではあるものの、少し先を見越して発売開始になった肉まんは、片手間で食べるのにちょうどいい。食べ終わった残りの紙をくしゃくしゃと丸めてポケットに突っ込みながら、夢は例の噂のことを考えていた。


 公営住宅の並ぶ通りを、街灯の近くを選びながら足早に通り過ぎる。しばらくすると、いくつかの遊具が設置された、こじんまりとした公園の前に差し掛かる。公園の中には夜の時間を指し示す時計と、ブランコや滑り台などの定番の遊具、そして小さな砂場が用意されていた。

 夢は、これが英子の言っていた団地公園だな、と思い出す。いつも通りがかっていた場所のはずだけど、面白半分で話に出した英子のせいで、妙に意識してしまって仕方がない。


 道には夢以外の人影はなく、時折切れかけた街灯がぱちぱちと点灯していた。辺りはすっかり静まり返って、虫が鳴くくらいの音しかない。何の変哲もない夜だった。しかしだからこそ夢は、思いがけず目を凝らして団地公園のブランコを探してしまう。


 そしてそれはすぐ見つかった。赤い椅子の二つぶら下がった、いかにも定番のブランコであるはずのそれは、いつも風に吹かれて少しだけ揺れている。いや、揺れているような動きではない。まるで、誰かがゆっくりと漕いでいるような揺れ方だ。


 前後にゆっくり、ゆらゆらと揺れている椅子の片方に目を凝らすと、明らかに黒い人影が見える。いつもは気にも留めない夢だったが、今回はなぜか、乗っている人を確かめたい衝動に駆られてしまった。

「うーん、どうしよう。小さい子だったら心配だし、……確認だけ……。」


 少し近づきながら見てみると、それは小さな女の子のようだった。本来であれば、とっくのとうに帰っていなければいけないはずの時間帯に、それなりの距離があるにも関わらず、その女の子は夢に気づいたようにぱっと笑った。それを見て、我に返った今井夢は、すぐにそこを通り過ぎようと踵を返した。その時、目の前から強い明かりが夢を照らし、そのまぶしさに、夢は思わず腕で目を覆った。


「君、中学生だろ?ふらふらしてないで早く帰りなさい。まだそんなに遅くないとはいえ、もう真っ暗だからね。寄り道せずに帰るんだよ。わかった?」前から来たのは自転車に乗った警察官だった。

「あ、はい。もうすぐそこなんで。……気をつけて帰ります。」

「そうか。……まぁおじさんは、しばらくこの辺をパトロールしているからね。とはいえ、なるべく早く帰りなさいね。それじゃあ、気を付けて。」そういうと、警官は片手をあげ、再び自転車を漕いで去って行った。


 その警察官は後任で、前に夢と顔見知りだった別の警察官が異動でいなくなったあと、新しく配属された人だった。まだ日数が浅いからこそ、夢がいつもこの時間帯に帰宅していることを知らないのだろう、と夢は推測した。まぁいいや、と思い直して、再び夢はブランコの方を振り返る。

 しかしそこには、ゆらゆらと風にゆれるブランコがあるだけで、もはや誰の影も見当たらなかった。


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