今のうちに
6月21日
朝、窓辺の太陽はゆっくりと空をのぼっていた。
鳥たちの鳴き声が、新しい一日の始まりを知らせている。
気がつけば、この学期ももうすぐ終わりだ。
扇風機の回る音も、陽射しで明るくなったベランダも、相変わらず私たち四人の小さな居場所だった。
私はそっとベッドを降りて、机の前に座る。
机の上には、昨夜飲み残した水の入ったコップが置かれていた。
いつも右手を伸ばせば届く場所。
まるで小さな目印みたいに、今日もそこにある。
部屋の中では、扇風機が変わらない音を立てて回り続けていた。
けれど胸の奥には、小さな石がひとつ置かれているような気がした。
今日は卒業式の日。
先輩たちが学校を旅立つ日だった。
私は小野ちゃんたちと一緒に、卒業式を見に行く約束をしている。
広場にはたくさんの卒業生が集まっていた。
黒い学士帽。
楽しそうな笑い声。
誰かと写真を撮る人。
スマホを見つめながら忙しそうに連絡を取る人。
あちこちから聞こえるお祝いの声とシャッター音が重なり合っていた。
まるで学校そのものが、
「おめでとう」
と伝えているみたいだった。
歩いているうちに、私たちは広場の中央にある大きな木のところまでやって来た。
何年も前からそこに立ち続けている木。
何人もの卒業生を見送り、
何人もの新入生を迎えてきた木。
まるで村のおじいさんみたいに、ずっと私たちを見守っている。
私はその木を見上げた。
――今、この木も私たちを見ているのかな。
風が吹いて、枝葉がさらさらと揺れる。
耳を澄ませていると、
数枚の葉っぱが枝から離れて、ひらりと地面へ落ちた。
まるで返事みたいだった。
「行こうよ、七奈」
小野ちゃんがやって来て、私の手を取る。
「鈴木ちゃんたち、湖の方にいるみたい」
「小野ちゃん……」
私はその背中を見つめた。
握られた手から、優しい温もりが伝わってくる。
夏の日差しの中なのに、不思議と暑くなかった。
「どうしたの?」
小野ちゃんが振り返る。
「ううん、何でもない」
私は目を閉じて笑った。
少しだけ目が熱い。
きっと昨日、寝不足だっただけだ。
湖のほとりでは、水車がゆっくりと水を汲み上げていた。
卒業生たちは湖を背景に写真を撮っている。
木々の間では蝉が鳴いていた。
まるで今日という日をお祝いしているみたいだった。
小野ちゃんに手を引かれながら、鈴木ちゃんたちを探す。
「こっちー!」
遠くから鈴木ちゃんの声が聞こえた。
大きく手を振っている姿は、小さな灯台みたいだった。
今思えば、
鈴木ちゃんの声って本当に特別だ。
首から大きなカメラを下げていて、
レンズは太陽の光を受けてきらきらと輝いていた。
湖のそばには、あのベンチも相変わらず静かに立っている。
小野ちゃんは私の手を離して、鈴木ちゃんたちのところへ駆け寄った。
「今日は本当に賑やかだね」
鈴木ちゃんが笑う。
額には小さな汗が光っていた。
「だから傘持って行こうって言ったのに」
井上ちゃんが呆れたように言う。
「ごめんごめん」
鈴木ちゃんは頭をかきながら笑った。
私は少し後ろに立って、その会話を聞いていた。
三人の声が重なっている。
それだけなのに。
なぜだろう。
鼻の奥が少しだけつんとした。
――帰ったら、またエアコンの温度を下げすぎないように言わないと。
みんなまで風邪を引いたら大変だから。
空の真ん中には太陽が高く浮かんでいた。
まるで神様が空から今日を見守っているみたいだった。
もしかしたら、
新しく旅立っていく人たちを見送っているのかもしれない。
お昼になって、私たちは食堂へ向かって歩いていた。
私は隣の小野ちゃんの手を、少しだけ強く握る。
「七奈、どうしたの?」
小野ちゃんが立ち止まった。
私は少しだけ息を吸う。
そして言った。
「みんなで写真、撮ろうよ」
「え?」
「今のうちに」
言葉にした瞬間、
胸がこっそり小さく跳ねた。
私はその理由を考えないまま、みんなの顔を見ていた。
「いいね!」
鈴木ちゃんが笑った。
私たちは近くにいた卒業生の先輩にお願いして、写真を撮ってもらうことにした。
気がつけば、またあの大きな木の下へ戻っていた。
「みんな、準備はいい?」
三。
二。
一。
「せーの!」
「はい、チーズ!」




