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嗷喵君のこと

番外 

嗷喵君と初めて出会ったのは、祖母が近所の家から一匹の子猫を連れて帰ってきた日だった。


あの日のことは、もうずいぶん遠い。


思い返そうとしても、どこか薄曇りの景色みたいにぼんやりしている。


私は玄関先に隠れながら、祖母がその子猫を物置の木小屋へ入れ、扉を閉めるのを見ていた。


木小屋の中からは、何度も「にゃあ、にゃあ」と鳴く声が聞こえてきた。


ときどき、木の扉を引っかくような、かりかりという音も混じる。


きっと、あの子はあそこに閉じ込められたくなかったんだと思う。


私は庭をうろうろしたあと、いつの間にか木小屋の窓辺まで走っていた。


窓の縁を両手でしっかり掴んで、一生懸命背伸びをする。


私の記憶の中のその木小屋は、いつも薄暗かった。


雑貨が置かれた小さな部屋で、窓と扉から差し込むわずかな光だけが、中を照らしていた。


子猫は何度も木の板へ爪を立て、ときには勢いよく飛びついて、小さな体をぶら下げていた。


動物って、みんな自由を求めているんだと思っていた。


少なくとも、あの頃の私はそう思っていた。


居間へ戻ると、祖母は椅子に座って青菜をむいていた。


「おばあちゃん、どうして猫ちゃんを閉じ込めるの?」


祖母は、私の記憶の中ではいつも笑っていた。


私が悪いことをすると、怒ったふりをして木の枝を持ってくる。


でも、実際に当たるその枝は、手でぽんと叩かれたみたいに優しかった。


祖母は私の頭を撫でながら、穏やかに言った。


「猫ちゃんは人見知りだからね。三日くらいここに慣れれば、逃げなくなるんだよ」


説明を聞いたあとも、私は木小屋の方を振り返った。


にゃあ、にゃあ。


鳴き声は変わらず聞こえてくる。


そのたびに、庭に落ちる陽射しが少しだけ薄くなる気がした。


やがて日が沈み、田舎の夜は静かになった。


ときどき、遠くで犬の鳴き声が聞こえる。


眠る前、私は部屋を出て、もう一度木小屋の方を見た。


そこは真っ暗だった。


小さい頃の私は、祖母と兄さまと三人で同じ布団に寝ていた。


眠るときはいつも、自分の足を祖母の足へ乗せていた。


祖母の手は、いつも少し冷たくて、少ししわしわしていた。


……でも。


もう少しだけ、たくさん触れておけばよかったな。


翌日。


祖父が畑へ出かけた隙に、私はこっそり木小屋の扉を開けた。


木小屋の中には小さな部屋が二つあって、懐中電灯を持ちながら奥へ進む。


一枚の板の向こう側。


窓のあるその場所に、子猫はいた。


板にしがみつくように爪を立てている姿は、まるで崖から落ちそうな旅人みたいだった。


私は板に手を置いて、その子を見下ろしながら呟いた。


「猫ちゃん、ここにいるの嫌なのかな」


……


「にゃあ。」


……


「猫ちゃん、助けに来たよ」


テレビで見たヒーローみたいに、私は両手を差し出した。


すると、その子も何かをわかったみたいに、小さな前足をこちらへ伸ばした。


……でも。


引っかかれたところは、思ったより痛かった。


子猫は一目散に駆け出して、あっという間に庭の外へ飛び出していった。


家の犬も追いかけたけれど、結局追いつけなかった。


おじいちゃんが帰ってきたら、きっと怒られるんだろうな。


……そう思った。


でも幸運なことに、数日後、その子は自分から帰ってきた。


それからは、ご飯の時間になるたび、食卓の下で小さな猫が私たちの足にすり寄ってくるようになった。


私と兄さまは、その子がよく鳴くから、「嗷喵君」と名前をつけた。


冬になると、私はこっそり嗷喵君を布団の中へ連れ込んだ。


祖母は見つけるたびに追い出して言う。


「猫はお風呂に入らないから、虫がいるんだからね」


それでも私は、何度も嗷喵君を抱き寄せた。


たまに体がかゆくなったけれど、それでも一緒に眠るほうが好きだった。


やがて嗷喵君は大きくなり、少しふっくらしていった。


祖父は、「お前たちがこっそり肉を食べさせてるからだ」と笑った。


嗷喵君は裏庭を走り回るのが大好きだった。


ある日、庭へ長い蛇が現れたことがある。


窓辺にいた嗷喵君は、一瞬で飛び降りて駆けていった。


あとで、あれは毒のない蛇だったと知った。


嗷喵君は、あっという間に追い払ってしまったらしい。


それから。


夕暮れの庭には、いつも一匹の茶トラ猫がいた。


目を細めて、静かに座っている。


私の足音に気づくと、


「にゃあ」


と鳴いて迎えてくれた。


夜更けまで机に向かって遊んでいると、部屋の前で鳴くこともあった。


私はこっそり扉を開けて、中へ入れてあげた。


嗷喵君は賢くて、部屋へ入ると不思議なくらい静かだった。


私の膝へ飛び乗って、丸くなって。


ごろごろ、ごろごろと喉を鳴らしていた。


それから。


私はもっと遠くの学校へ進学して、家へ帰るのは月に一度くらいになった。


それから。


久しぶりに帰って庭で日向ぼっこをしている嗷喵君を見ると、毛並みは昔ほど艶やかではなくなっていた。


それから

それから

……

ごめんね。

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