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小さな飴

5月29日


朝の陽射しが、じんわりと天井を温めていた。


まだ空が白っぽい時間だったけれど、私は暑さで目を覚ました。


そっとベッドから降りて、カーテンを少しだけ開ける。


「うぅ……まぶしい……」


窓ガラスに触れると、もうほんのり熱を持っていた。


ベランダへ出ると、鳥たちの鳴き声が朝の空気を揺らしている。


空は、あの日見た海みたいに青かった。


顔を洗って、部屋のドアを開ける。振り返ると、小野ちゃんたちはまだ気持ちよさそうに眠っていた。


「まだ寝てるんだ」


私は小さく笑って、エアコンの温度をそっと一度下げた。


キャンパスの道の大きな木々は、今日も静かに影を広げている。


陽射しが葉っぱの隙間からこぼれて、ゆっくり地面へ落ちていく。


私は少しだけ歩く速度を緩めて、風の音に耳を澄ませた。


さらさら……。


教室では、黒板を叩く音、誰かの小さな話し声、ノートの上を走るペンの音、窓の外の鳥の声が重なっていた。


まるで、小さな交響曲みたい。


「七奈さん、答えてください」


「は、はいっ!」


急に名前を呼ばれて、私は慌てて立ち上がった。


……


リンリンリン——。


チャイムが鳴って、みんなが帰る準備を始める。


私もカバンを片付けていると、先生がこちらへ歩いてきた。


「七奈さん」


「はい」


先生は私の机の前で立ち止まって、ふっと笑った。


「今日、よくできてたね」


「あ、ありがとうございます……!」


思わず背筋が伸びる。


すると先生は、少しだけ声を柔らかくして言った。


「宿題、先生すごく好きだったな」


「えっ?」


「なんだか、続き読みたくなっちゃった」


その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が小さく揺れた。


「わ、わかりました……」


声が少し震えてしまう。


でも今度は、ちゃんと前を向いたまま答えられた。


帰り道、いつもの景色が少しだけ明るく見えた。


私は小さく鼻歌を歌いながら、軽く跳ねるように歩く。


「先生すごく好きだったな」


その言葉を、心の中で何度もつぶやいた。


……


歩きながら、ふと小学生の頃を思い出した。


私は数学が苦手で、よく悪い点数を取っていた。


テストを返されるたびに、家へ帰るのが少し怖かった。


ドラえもんはいなかったけど、点数が悪いとき、先生はいつもこっそり私を教室の隅へ呼んだ。


そして、小さな飴を一粒だけ手のひらに乗せてくれる。


「これはね、頑張った子だけがもらえる飴だから。内緒だよ」


先生はいつも、そう言って笑っていた。


あの頃の私は、涙を拭きながら飴を受け取っていた。


……あの時の私は、どんな顔をしていたんだろう。


嬉しかったのかな。


それとも、悔しかったのかな。


でもきっと、先生は私を泣かせたかったわけじゃなかった。


私は前を向いて、空を見上げる。


青い空は、どこまでも遠く続いていた。


「私も、もっと強くなりたいな」


風が髪を揺らす。


「いつか……兄さまを守れるくらい、強くなれたらいいな」



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