私たちが共に過ごす、最初の夏
5月25日
週末、みんなで海へ遊びに行くことになった。
「今年の夏、いつもより暑くない……?」
洗濯物を干し終えた鈴木ちゃんが、ベランダからぱたぱたと部屋へ戻ってくる。
ドアを開けた瞬間、むわっとした熱気が隙間から入り込んできて、私たちは思わず顔をしかめた。
「今日は外に出たくないかも……」
小野ちゃんは扇風機の前に立って、風量をもう一段階強くした。
窓の外では、セミがじりじり鳴いている。
「あぁ、もう夏なんだ」
私はぼんやり窓の外を見つめた。
葉っぱは太陽の光を浴びて青々としていて、地面は白くきらきら光っている。まるで、熱い油を薄く広げたみたいだった。
「今外に出たら、溶けちゃいそう……」
私は椅子にもたれながら、エアコンの涼しい風を浴びる。
隣では井上ちゃんが静かに本を読んでいた。ページをめくる音以外、ほとんど聞こえない。
井上ちゃんって、本当に集中力すごいなぁ……。
「ねぇ、明日せっかく週末だし、海行かない?」
鈴木ちゃんがくるっと振り返って言った。
「海……」
頭の中に浮かんだ海は、青い空と青い海、飛び回るカモメ、それから浜辺ではしゃぐ人たち。
……完全にアニメの見すぎかも。
「海、いいね。井上ちゃんと七奈ちゃんは?」
小野ちゃんが笑いながら聞いてくる。
「私はどっちでもいいよ」
想像の世界から戻ってきて、私は小さく笑った。
「みんなが行くなら、私も行きたい」
井上ちゃんも本を閉じながら答える。
「じゃあ決まりだね」
鈴木ちゃんは満足そうに立ち上がって、クローゼットからキャリーケースを引っ張り出した。
「えっ、もう準備してたの?」
小野ちゃんが驚いた声を出す。
開いたキャリーケースの中には、すでに荷物がきれいに詰められていた。
「別に。ゴールデンウィークに実家から持って帰ってきただけ」
鈴木ちゃんはそっぽを向きながら言う。
……でも、ゴールデンウィークは「おじいちゃんたちの家に行く」って言ってた気がするんだけどな。
その夜は、壊れかけの蛇口みたいに、時間がぽたぽたゆっくり流れていった。
「海、楽しみだなぁ」
青い海。白い砂浜。きっと海水は冷たくて気持ちいいんだろうな。
そんなことを考えながら、私は眠りについた。
翌朝、目を覚ますと、井上ちゃんはもう静かに荷造りをしていた。
小野ちゃんも、昨夜遅くまで準備していたみたい。
私はそっとベッドを降りる。
今日はセミの声も、まだ少し眠たそうだった。
ぴっ、ぴっ、ぴっ……
スマホを見ると、荷物をまとめているうちにもうお昼前になっていた。
「ちゃんとごはん食べないと」
私は小さく呟いた。
兄さまとの約束だから。
「午後、どうやって海まで行くの?」
ごはんを食べながら小野ちゃんが聞く。
すると鈴木ちゃんが、自信満々に胸を張った。
「安心して。ちゃんと手配済みだから」
「鈴木ちゃん、頼もしいね」
井上ちゃんが笑う。
……
太陽は容赦なく地面を照らしていた。
私たちはキャリーケースを引きながら、木陰を選ぶようにして校門へ向かう。
すると門の前には、高そうな黒い車が静かに停まっていた。
私たちが近づくと、中から一人の男性が降りてくる。
「荷物、持とうか?」
優しそうなおじさんだった。
「鈴木ちゃん、この車……?」
私はそっと袖を引っ張る。
「うん、森さん」
鈴木ちゃんは少し照れくさそうに笑った。
……
車に乗り込んで窓の外を見る。
学校の大きな木は、今日も変わらずそこに立っていた。
木陰だけ、夏を忘れてるみたいだった。
海が近づいた頃、鈴木ちゃんが突然声を上げる。
「あっ、水着持ってきた?」
「……忘れた」
井上ちゃんがバッグの中を探しながら答えた。
「現地で買ったら高そうだね……」
小野ちゃんも不安そうに窓の外を見る。
「森さん、この近くにお店ありますか?」
「大丈夫。途中にあるよ」
その言葉を聞いて、みんなほっと息をついた。
……
海へ着いた頃には、空はもう暗くなっていた。
「明後日の昼に迎えに来るから、楽しんでね」
森さんはそう言って車を走らせていく。
ゴールデンウィーク明けだったから、運よく安い小さな貸別荘を借りられたみたい。
「今日、徹夜しない?」
荷物を置きながら鈴木ちゃんが言った。
「えっ?」
「海からの日の出、絶対きれいだと思うんだよね!」
寝室から小野ちゃんの笑い声が聞こえる。
「私は平気だよ」
「私もコーヒー飲めば大丈夫」
井上ちゃんも頷く。
私は最後の荷物を置きながら、小さく言った。
「でも……私、お兄ちゃんと夜更かししないって約束してるから……」
「七奈ちゃんって、本当に真面目だよね」
鈴木ちゃんは笑いながらバッグを漁り始めた。
……
夜。
部屋は静かで、時々海風が窓を揺らしていた。
私はうさぎさんを抱きしめながらベッドに横になる。
「みんな、今ごろ楽しんでるのかな……」
そんなことを思っているうちに、波の音みたいに意識が遠くなっていった。
最後に聞こえたのは、エアコンの優しい音だけだった。
……
朝。
カーテンの隙間から光が差し込んでいる。
時計を見ると、九時半。
私はそっと部屋を出て、静かにみんなの部屋を覗いた。
……よかった。
ちゃんと帰ってきてる。
顔を洗って、私は買い物袋を持って外へ出た。
市場はもうほとんど売り切れていて、棚はがらんとしていた。
「もっと早く起きればよかったな……」
それでも、なんとか材料は揃った。
お昼頃、みんながごはんを食べている姿を見ていると、胸の奥がぽかぽかした。
「七奈ちゃんの料理、ほんと美味しい!」
小野ちゃんが嬉しそうに笑う。
「見た目も綺麗だし、匂いもいいね」
井上ちゃんも感心したように言った。
私はまだエプロンをつけたまま、フライ返しを持って立っていた。
でも、その言葉だけで胸がいっぱいになってしまった。
……
午後、私たちは海辺の更衣室で水着に着替えた。
「鈴木ちゃんの水着、おしゃれだね」
「でしょ?」
鈴木ちゃんは得意そうに笑う。
「小野ちゃんのも可愛いし、井上ちゃんもすごく似合ってる」
……
「着替え終わったよ……」
私は更衣室のドアを少しだけ開けて顔を出した。
「どうしたの?」
井上ちゃんが不思議そうに聞く。
「こういう水着、初めてだから……ちょっと恥ずかしくて……」
うつむくと、頬が熱い。
すると鈴木ちゃんが近づいてきて、ぱっとドアを開いた。
「えっ、七奈ちゃん、めちゃくちゃ可愛いじゃん!」
「えっ!?」
その声に、小野ちゃんたちも駆け寄ってくる。
「ほんとだ、すごく似合ってる」
「可愛いよ、七奈ちゃん」
「も、もう……早く行こうよ……」
私は顔を真っ赤にしたまま、小さくみんなを押して外へ出た。
「待ってよ〜!」




