表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/41

私たちが共に過ごす、最初の夏

5月25日


週末、みんなで海へ遊びに行くことになった。


「今年の夏、いつもより暑くない……?」


洗濯物を干し終えた鈴木ちゃんが、ベランダからぱたぱたと部屋へ戻ってくる。


ドアを開けた瞬間、むわっとした熱気が隙間から入り込んできて、私たちは思わず顔をしかめた。


「今日は外に出たくないかも……」


小野ちゃんは扇風機の前に立って、風量をもう一段階強くした。


窓の外では、セミがじりじり鳴いている。


「あぁ、もう夏なんだ」


私はぼんやり窓の外を見つめた。


葉っぱは太陽の光を浴びて青々としていて、地面は白くきらきら光っている。まるで、熱い油を薄く広げたみたいだった。


「今外に出たら、溶けちゃいそう……」


私は椅子にもたれながら、エアコンの涼しい風を浴びる。


隣では井上ちゃんが静かに本を読んでいた。ページをめくる音以外、ほとんど聞こえない。


井上ちゃんって、本当に集中力すごいなぁ……。


「ねぇ、明日せっかく週末だし、海行かない?」


鈴木ちゃんがくるっと振り返って言った。


「海……」


頭の中に浮かんだ海は、青い空と青い海、飛び回るカモメ、それから浜辺ではしゃぐ人たち。


……完全にアニメの見すぎかも。


「海、いいね。井上ちゃんと七奈ちゃんは?」


小野ちゃんが笑いながら聞いてくる。


「私はどっちでもいいよ」


想像の世界から戻ってきて、私は小さく笑った。


「みんなが行くなら、私も行きたい」


井上ちゃんも本を閉じながら答える。


「じゃあ決まりだね」


鈴木ちゃんは満足そうに立ち上がって、クローゼットからキャリーケースを引っ張り出した。


「えっ、もう準備してたの?」


小野ちゃんが驚いた声を出す。


開いたキャリーケースの中には、すでに荷物がきれいに詰められていた。


「別に。ゴールデンウィークに実家から持って帰ってきただけ」


鈴木ちゃんはそっぽを向きながら言う。


……でも、ゴールデンウィークは「おじいちゃんたちの家に行く」って言ってた気がするんだけどな。


その夜は、壊れかけの蛇口みたいに、時間がぽたぽたゆっくり流れていった。


「海、楽しみだなぁ」


青い海。白い砂浜。きっと海水は冷たくて気持ちいいんだろうな。


そんなことを考えながら、私は眠りについた。


翌朝、目を覚ますと、井上ちゃんはもう静かに荷造りをしていた。


小野ちゃんも、昨夜遅くまで準備していたみたい。


私はそっとベッドを降りる。


今日はセミの声も、まだ少し眠たそうだった。


ぴっ、ぴっ、ぴっ……


スマホを見ると、荷物をまとめているうちにもうお昼前になっていた。


「ちゃんとごはん食べないと」


私は小さく呟いた。


兄さまとの約束だから。


「午後、どうやって海まで行くの?」


ごはんを食べながら小野ちゃんが聞く。


すると鈴木ちゃんが、自信満々に胸を張った。


「安心して。ちゃんと手配済みだから」


「鈴木ちゃん、頼もしいね」


井上ちゃんが笑う。


……


太陽は容赦なく地面を照らしていた。


私たちはキャリーケースを引きながら、木陰を選ぶようにして校門へ向かう。


すると門の前には、高そうな黒い車が静かに停まっていた。


私たちが近づくと、中から一人の男性が降りてくる。


「荷物、持とうか?」


優しそうなおじさんだった。


「鈴木ちゃん、この車……?」


私はそっと袖を引っ張る。


「うん、森さん」


鈴木ちゃんは少し照れくさそうに笑った。


……


車に乗り込んで窓の外を見る。


学校の大きな木は、今日も変わらずそこに立っていた。


木陰だけ、夏を忘れてるみたいだった。


海が近づいた頃、鈴木ちゃんが突然声を上げる。


「あっ、水着持ってきた?」


「……忘れた」


井上ちゃんがバッグの中を探しながら答えた。


「現地で買ったら高そうだね……」


小野ちゃんも不安そうに窓の外を見る。


「森さん、この近くにお店ありますか?」


「大丈夫。途中にあるよ」


その言葉を聞いて、みんなほっと息をついた。


……


海へ着いた頃には、空はもう暗くなっていた。


「明後日の昼に迎えに来るから、楽しんでね」


森さんはそう言って車を走らせていく。


ゴールデンウィーク明けだったから、運よく安い小さな貸別荘を借りられたみたい。


「今日、徹夜しない?」


荷物を置きながら鈴木ちゃんが言った。


「えっ?」


「海からの日の出、絶対きれいだと思うんだよね!」


寝室から小野ちゃんの笑い声が聞こえる。


「私は平気だよ」


「私もコーヒー飲めば大丈夫」


井上ちゃんも頷く。


私は最後の荷物を置きながら、小さく言った。


「でも……私、お兄ちゃんと夜更かししないって約束してるから……」


「七奈ちゃんって、本当に真面目だよね」


鈴木ちゃんは笑いながらバッグを漁り始めた。


……


夜。


部屋は静かで、時々海風が窓を揺らしていた。


私はうさぎさんを抱きしめながらベッドに横になる。


「みんな、今ごろ楽しんでるのかな……」


そんなことを思っているうちに、波の音みたいに意識が遠くなっていった。


最後に聞こえたのは、エアコンの優しい音だけだった。


……


朝。


カーテンの隙間から光が差し込んでいる。


時計を見ると、九時半。


私はそっと部屋を出て、静かにみんなの部屋を覗いた。


……よかった。


ちゃんと帰ってきてる。


顔を洗って、私は買い物袋を持って外へ出た。


市場はもうほとんど売り切れていて、棚はがらんとしていた。


「もっと早く起きればよかったな……」


それでも、なんとか材料は揃った。


お昼頃、みんながごはんを食べている姿を見ていると、胸の奥がぽかぽかした。


「七奈ちゃんの料理、ほんと美味しい!」


小野ちゃんが嬉しそうに笑う。


「見た目も綺麗だし、匂いもいいね」


井上ちゃんも感心したように言った。


私はまだエプロンをつけたまま、フライ返しを持って立っていた。


でも、その言葉だけで胸がいっぱいになってしまった。


……


午後、私たちは海辺の更衣室で水着に着替えた。


「鈴木ちゃんの水着、おしゃれだね」


「でしょ?」


鈴木ちゃんは得意そうに笑う。


「小野ちゃんのも可愛いし、井上ちゃんもすごく似合ってる」


……


「着替え終わったよ……」


私は更衣室のドアを少しだけ開けて顔を出した。


「どうしたの?」


井上ちゃんが不思議そうに聞く。


「こういう水着、初めてだから……ちょっと恥ずかしくて……」


うつむくと、頬が熱い。


すると鈴木ちゃんが近づいてきて、ぱっとドアを開いた。


「えっ、七奈ちゃん、めちゃくちゃ可愛いじゃん!」


「えっ!?」


その声に、小野ちゃんたちも駆け寄ってくる。


「ほんとだ、すごく似合ってる」


「可愛いよ、七奈ちゃん」


「も、もう……早く行こうよ……」


私は顔を真っ赤にしたまま、小さくみんなを押して外へ出た。


「待ってよ〜!」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ