傘の中の距離
5月19日
ゴールデンウィークの天気は、子どものころの私みたいだった。
少しだけ顔を出した太陽は、またすぐに休みに行ってしまって、代わりに大粒の雨が空いっぱいに広がった。
でも、傘は花みたいにふわりと私の頭の上を覆ってくれている。
風は、太陽の残したわずかなぬくもりと、少しひんやりした空気を一緒に運んできて、耳元や頬をそっとかすめていった。
私は隣の人に少しだけ近づいて、腕を組む手に少し力を込める。
傘の下には、私と兄さまだけ。
雨粒の落ちる音をこっそり聞きながら、気づけば頭も少しずつ兄さまの肩へ寄っていた。
「まさか今日、雨が降るとはね。いちばん運の悪い日に来ちゃったかも。」
兄さまは少しため息をついて、困ったように笑った。
そんな少しだけいつもと違う兄さまを見て、私は思わず口元を押さえて笑ってしまう。
「じゃあ、また今度来て、もう一回写真撮ろうね。」
今回のゴールデンウィークは、一週間もお願いして、ようやく兄さまと一緒にイベントへ来てもらえた。
でも、どうやら神さまはあまり簡単に願いを叶えてくれないらしい。
私は和栗薫子の衣装を着て、兄さまは凛太郎の衣装。
まるで本当に恋人同士みたいに、イベント会場の道を歩いていた。
通りすがりの人たちが、ときどき一緒に写真を撮ってくれて、
「再現度高いですね」なんて褒めてくれる。
胸の中はぽかぽかしているのに、顔はどんどん熱くなっていった。
私はこっそり俯いて、その言葉をそっと味わうみたいに受け止めた。
しばらくすると、雨は少しずつ止んでいった。
私たちは川沿いの橋まで歩いていく。
水は静かに流れていて、空の向こうから太陽がゆっくり顔を出した。
夕陽が空に残って、川の水面をきらきらと金色に染めていく。
周りにはまだたくさん人がいるのに、不思議と私には水の流れる音だけが静かに耳に届いていた。
ホテルに戻ったころには、もう空もかなり暗くなっていた。
兄さまが洗面所へ行っているあいだに、私はこっそりフロントの人と少し話して、部屋の鍵を受け取る。
部屋に入ったあと、兄さまが少し不思議そうに言った。
「え? 二つベッドの部屋じゃなかった?」
私は兄さまの服の裾をそっと引っ張って、小さな声で答える。
「一緒に寝たくて……さっき、こっそり変えてもらったの。せっかくのお出かけだし……」
私が少しだけわがままを言ったせいで、今夜は一緒に寝ることになったみたい。
……えへへ。
寝る前は、兄さまと少しおしゃべりしながら、夜市で買った焼き鳥を食べた。
私は桂花酒を少しだけ飲んだ。
甘くて、おいしい。
「ほんとに。そんなにお酒強くないのに、どうして買ったの?」
兄さまはそう言いながら、自分でも少しだけグラスに注いだ。
「たしかに甘いね。あんまり辛くない。」
私は二杯飲んだだけで、もう体がぽかぽかしていた。
たぶん少し酔っていたし、イベントで一日中歩き回っていたせいもあると思う。
ベッドに入った瞬間、どっと疲れが押し寄せてきた。
私は隣にいる人をぎゅっと抱きしめて、その存在を確かめるみたいに目を閉じる。
そのまま、深い眠りに落ちていった。
夜中の三時ごろ、ふと目が覚めた。
壁の時計をぼんやり見つめてから、私は少しだけ体を動かして、また兄さまのほうへ寄る。
後ろからぎゅっと抱きついて、少しだけ力を込めた。
顔も、ゆっくり兄さまの頬へ近づいていく。
なんだか、自分の顔が少し熱い。
私はそっと兄さまの頬に何度かキスをした。
耳元では、さっきまで穏やかだった呼吸が、少しだけ乱れた気がした。
……たぶん、起きてる。
でも兄さまは何も言わない。
私はもう一度だけ、兄さまの匂いをそっと吸い込んで、また軽く頬に触れる。
目を開けて少しだけその横顔を見て、それからまた目を閉じた。
抱きしめる腕にも、少し力が入る。
「兄さま……兄さま……」
小さな声で名前を呼ぶ。
「ん……?」
兄さまが静かに返事をした。
「わ、私……」
言葉が喉につかえて、少しだけ止まる。
それでも私は、小さな声で言った。
「来世は、兄さまと結婚したい」
しばらく、沈黙が落ちる。
兄さまは小さくため息をついて、それから振り返って私を抱きしめた。
心臓がまた少し速くなる。
兄さまは私の頬に軽くキスをして、静かに言った。
「もう少し寝ようか。」
私は顔が熱くなるのを感じながら、兄さまの胸元に顔を埋めた。
「私……ちょっと飲みすぎちゃったかも。」
少しだけ間を置いてから、小声で付け足す。
「さっきの、ママには内緒ね。」
「うん。」




