いちばん好き
3月11日
今日の天気は、まあまあ良かったかな。
雨は降っていないし、太陽さんもまだ少しお休みしているみたい。
遠くから、ときどき風が吹いてくる。
でも困ったことが一つ——
「前髪がぐちゃぐちゃになっちゃった!」
私は口をとがらせながら、小野ちゃんたちに文句を言った。
校道には学生がたくさんいて、みんな急ぎ足で歩いている。
風はまるでいたずらするみたいに、やさしく体をなでていった。
まずい、このままだと遅刻しちゃう……
今日は私が一番好きな授業、普通生物学。
どうして最初に生物科学を選んだのか、
正直、自分でもうまく説明できない。
たぶん、高校の先生と交わした
小さな約束があったからだと思う。
でも今思うと——
私はまだまだ全然足りていない。
好きな授業はいつもあっという間に終わってしまう。
気がつくと、教室には廊下のざわめきと、
扇風機の回る音だけが残っていた。
「午後、何か食べに行かない?」
井上ちゃんが本を抱えながら近づいてきて聞いた。
「うーん、学校の近くはもう食べ飽きたなぁ。」
鈴木ちゃんは少し頭を下げて、小さくため息をついた。
「あなたは何か食べたいものある?」
小野ちゃんが笑いながら私を見た。
「じゃあ……この前約束してたお店に行こうよ。」
私は少し横を向きながら答えた。
頭の中では、もうとんかつ丼の香りを思い出していた。
……今、こっそり笑ってたの、バレてないよね?
話しながら歩いているうちに、私たちはコンビニの前に着いた。
「鈴木ちゃん、ちょっと寄っていく?」
小野ちゃんがウインクしながら聞いた。
「え?買い物?……まあ、いいよ。」
鈴木ちゃんは少し不思議そうに答えた。
「じゃあ、あなたと井上ちゃんは先に帰ってて。
私たち、すぐ戻るから。」
小野ちゃんはそう言って笑った。
それから私と井上ちゃんは、
寮へ向かって歩き始めた。
帰る途中、井上ちゃんのスマホが小さく鳴った。
メッセージを見たあと、
なぜか彼女はふっと笑った。
「何してるの?」
私は気になって画面をのぞこうとした。
「何でもないよ。小野ちゃんが寮のゴミ捨ててって言っただけ。」
井上ちゃんは慌ててスマホをポケットにしまって笑った。
……あれ?
寮のゴミって、朝に鈴木ちゃんが捨ててなかったっけ。
まあ、私の勘違いかもしれない。
そんなことを考えているうちに、寮に着いた。
ドアを開けると、
いつもの部屋の空気。
なんだか安心する。
井上ちゃんは横から袋を取って、
またドアを閉めて出ていった。
私は少し不思議に思いながら、
閉まったドアを見つめていた。
また部屋には私一人だけ。
私は小さく息を吸って、
引き出しから日記帳を取り出した。
ページをめくっていると、
ふと一つ思い出したことがあった。
「あっ、昨日のプリン……」
私はゆっくり冷蔵庫からプリンを取り出して、
目を細めながら、そっと見つめた。
「お願い……まだ大丈夫でいて……」
心の中で何度もつぶやく。
細めていた目を、少しずつ開く。
ちゃんと見えた瞬間、
私はほっと息をついた。
「よかった……まだ食べられそう。」
プリンを見てから、
ルームメイトたちの机を見た。
スプーンで少しずつ分けて、
みんなの机の上に置いておいた。
「ただいま〜!」
ドアがゆっくり開いて、
小野ちゃんが顔だけのぞかせた。
「おかえり。どこ行ってたの?」
私は笑って聞いた。
小野ちゃんは後ろから箱を取り出した。
開けてみると——
大きなイチゴのケーキだった。
「サプライズ!」
「え……?」
私はその場で固まってしまった。
「この前、おしゃべりに夢中で、
一緒にご飯食べるの忘れちゃったでしょ。」
鈴木ちゃんが横で言った。
「ケーキ買おうって言い出したのは小野ちゃんだからね。
私じゃないよ。」
鈴木ちゃんは少し口をとがらせた。
「どう?気に入った?」
小野ちゃんは少し緊張した顔で聞いた。
「この前のこと……本当にごめんね。」
「わ、私……」
急に鼻の奥がつんとして、
言葉がうまく出てこなかった。
「え?イチゴケーキ嫌い?
昨日食べてるの見た気がしたけど……」
小野ちゃんは頭をかきながら、
まだケーキを抱えていた。
「ち、違うの……」
「私……いちばん好き……」
私はその場で、ぽろぽろ涙が出てきた。
自分から抱きつこうと思ったのに、
体が動かなかった。
でも——
彼女たちのほうが先に、
私をぎゅっと抱きしめてくれた。
今日は、
楽しみにしていたとんかつ丼が食べられなくても、
もう、それでいい気がした。




