明日、兄さまに会える
3月6日
気がつけば、一週間が静かに過ぎていた。
ここに来たばかりの頃は、ずっと雨がざあざあと降っていたのに、今日はすっかり晴れている。
陽の光が体に降りそそいで、ぽかぽかとあたたかい。
窓から最初の光がゆっくり差し込んでくるころ、私はもう歯ブラシを手に取り、ベッドを降りていた。
小野たちは、きっと昨夜遅くまでおしゃべりしていたんだろう。
私はしばらく静かに立って、みんなの規則正しい寝息を聞いていた。
それからそっと、ベランダの扉を開けた。
遠くから吹いてくる風が、朝一番の新鮮な空気を運んでくる。
歯を磨く手を止めて、私はその場で深く息を吸い込んだ。
遠くの朝ごはんの匂いまで、なんとなく届いてきそうだった。
明日はもう週末。
そう思うと、いつも自然と元気が出てくる。
歯を磨き終えると、私はそっと目覚まし時計を止めた。
今日は、あの緊張するベルの音は鳴らなくていい。
机の隅に置いてある日記帳を手に取る。
ずっと机のいちばん奥にしまってあって、たくさんの本に重ねられ、いちばん下に押し込んでいた。
後ろをちらっと確認してから、私は静かにページを開いた。
昔の日記を読んでいると、まるで梅のお菓子を食べているみたいに、甘くて、少しだけ酸っぱい。
最近書いた日記のところまで来ると、なぜか頬がじんわり熱くなった。
私はそっと日記を閉じて、また元の場所に戻した。
振り返ると、みんなまだぐっすり眠っている。
スマホで時間を確認して、私は小さく笑った。
少ししてから、私はベッドの枕元を軽く叩いた。
「起きるよー、起きてー。」
少しだけ声を大きくして言う。
小野はいつものように寝返りを打った。
鈴木の方からは、何かを手探りする音が聞こえる。
きっと眼鏡を探しているんだろう。
井上は体を起こしたけれど、目はまだ閉じたままだった。
「朝ごはん食べに行こうよ。
入学してから、ちゃんと朝ごはん食べたこと、まだないでしょ。」
私はぴょんと軽く跳ねながら言った。
「はぁい……」
小野は布団を引っ張りながら、眠そうに答える。
「んー……」
井上は目を閉じたまま返事したけれど、すぐまた倒れ込んでしまった。
それでも、鈴木は眼鏡をかけると、ゆっくりベッドから降りてきた。
「いつもより三十分早く起きると、やっぱりちょっと慣れないね。あぁ〜」
そう言いながら、鈴木はあくびをして歯ブラシを手に取った。
鈴木が洗面を終えたあと、私は小野と井上に声をかけた。
「寝すぎないでね。遅刻しちゃうよ。」
「はーい……」
小野は枕に顔を埋めたまま、体をもぞもぞ動かしている。
「じゃあ、先に行ってくるね。」
私はそっとドアを閉めて、鈴木のあとを追いかけた。
もうすぐ週末だからなのか、
時間も私たちと同じように週末を楽しみにしているみたいで、少しだけ速く流れている気がした。
今日の授業は、水みたいにさらさら流れていった。
私は久しぶりにしっかり集中して、午前中の授業をちゃんと受けた。
昼ごはんの時間、私たちは向かい合って座り、
井上が楽しそうに週末どこへ遊びに行くか話していた。
私も、週末はちゃんとリラックスしたほうがいいかな、なんて考えていたら、
手に持ったスプーンが自然と早く動いていた。
「リンリンリン——」
突然、バッグの中から着信音が鳴った。
「ねえ、電話鳴ってるよ。」
小野が、まだ食べている私を見て言う。
「えっ、ありがとう小野ちゃん。」
スマホを見ると、画面にはお兄ちゃんの名前が表示されていた。
「もしもし。」
「もしもし、妹ちゃん。学校の生活は慣れた?」
聞き慣れた声が、向こうから届く。
「うん。まだ来たばかりだけど、ルームメイトのみんながすごく優しくしてくれるの。」
私は嬉しそうに答えた。
「それなら、代わりにちゃんとお礼を言っておいてね。」
「わかってるよ。今もちょうど、みんなとご飯食べてるところ。」
私はうつむきながら答えた。
なんだか顔がぽかぽかしていた。
「そうだ、明日会いに行くよ。」
「えっ……ほ、本当に?」
「うん。着いたら電話する。」
「うん、兄さま…あっ、いや、お兄ちゃん。」
私は慌てて言い直した。
電話の向こうで、一瞬沈黙してから、小さく笑う声が聞こえた。
「もう、笑わないでよ。」
「わかったわかった。それじゃあ、先にご飯食べなさい。」
お兄ちゃんは笑いながら電話を切った。
電話を切って顔を上げると、鈴木がにやにやした顔で私を見ていた。
「さっき“兄さま”って言ってた?」
「い、言ってないもん……」
そのときの私の顔は、きっと赤いりんごみたいになっていたと思う。
鈴木は笑いながら言った。
「じゃあ、その“兄さま”見てみたいな。」
「やだ……」
顔が熱くて、私は小さく答えた。
「はいはい、からかわないの、鈴木ちゃん。」
小野が横から言う。
「えへへ、ごめんごめん。」
鈴木は頭をかきながら、少し舌を出して笑った。
「ちょっと場を盛り上げたかっただけ。」
そんなふうに、にぎやかな笑い声の中で、お昼ごはんは終わった。
明日はいよいよ、兄さまに会える。
夜、シャワーの下で体を流していると、
あたたかいお湯が体を包んでくれる。その感覚は、いつも不思議なくらい安心する。
(明日は、兄さまにこの街をちゃんと案内してあげよう。)
そう心の中で思いながら、顔がまた少し熱くなって、
私は思わず小さく笑ってしまった




