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<ぽっくり桜>


 「花見だ、花見だ。」

 「夜逃げだ、夜逃げだ。」

 「『長屋の花見』かよ。こんな朝っぱらから夜逃げするバカはいないし。」

 「「アハハハハ。」」


 にぎやかに男衆がゴザやら、レジャーシートやら、酒瓶やら、ビールサ−バーやら、ペットボトルやら、バーベキューセットやら、炭やら、肉やらを担いで丘を上る。

 それに続いて、女衆がお重につめた玉子焼きやら、唐揚げやら、かまぼこやら、おにぎりやら、桜餅やらの包みを持ち、乳飲み子を背負って丘を上る。

 さらに続いて、小学生くらいのお姉ちゃんが、幼稚園くらいの子供の手を引いて丘を上る。

 じーさんばーさんもゆっくりと丘を上っていく。

 最後に山﨑のおじいちゃんが、高校生の曾孫の押す車いすに乗せられて、里山の麓の丘の大きな一本の桜の木をめざして、緩やかな舗装された歩道を昇っていく。


 先に桜の老木の木の下のよく整備された芝生の公園にたどり着いた男衆は花見の宴?バーベキューパーティの準備を始める。ビニールシートを広げ、コンロに炭火を熾す。

 「しかし、山﨑のおじいちゃんも面白いことを言い出したねえ。『生前葬として賑やかに花見をしよう』というのは…なかなかに粋だねえ、」

 「そりゃ、変わり者の山﨑のじいちゃんだもの。でも、湿っぽい葬式よりも千倍もましかもね。」

 「そうだな、湿っぽいお通夜で飲むお酒よりも、花見でわいわい飲むお酒の方が美味うまいに決まっておるわな。」

 わいわいと笑いああいながら、うたげの準備が進んでいく。


 「しかし、山﨑のじいさんも、ばあさんが亡くなってからめっきり弱っちゃったなあ。」

 「そうだな、去年までは元気に鍬持って畑を耕していたのになあ。」

 「仕方が無いよ。歳が歳だし。」

 「ほら、口を動かす前に、手を動かしなさいよ。」

 「「へ〜い。」」

うたげの準備がすすむ。


 やがて準備が整い。参加者は皆紙コップを持ってスタンバイしている。山﨑のじいさんだけは少しの酒を注ぎ入れられた赤いさかずきを持っている。

 「じゃあ、じいさん。乾杯の音頭をとってくれ。」

 「ああ。 …乾杯。」

静寂の中、つぶやくような山﨑のじいさんの乾杯の音頭に続き、皆の歓声が爆発した。

 「[[乾〜杯!!!]]」

賑やかな宴会が始まった。


 さーっと風がふいた。風に桜の花びらが散った。その花びらの1枚がじいさんのさかずきの中に浮かんだ。

 山﨑のじいさんの車いすの傍のブルーシートでは近所の人たちが楽しそうに歓談している。そのざわめきの中、山﨑のじいさんはふと笑みをこぼす。


 《ねがわくば、はなのもとにてはるしなん そのきさらぎのもちづきのころ》

誰の和歌だったかなあ?と山﨑のじいさんが思っていると、じいさんの周りから音が消えた。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 『それはお前さんの心からの願いかな?』

唐突に頭の中に語りかける者がいる。

 「どなたですかの?」

 『儂は、この桜じゃよ。一本桜の老木じゃ。この丘から村を見守っている桜じゃ。』

 山﨑のじいさんはこの不思議な声の言うことをストンと飲み込めた。

 「この老いぼれに何か用ですか?」

 『先の《ねがわくば、はなのもとにてはるしなん》はじいさんの本音かな?』

 「そうですね。私は十分生きました。既に老醜をさらしています。妻も先に逝ってしまいました。もうこの世に思い残すこともありません。」

 『山﨑のじいさん。あんたには寿命がまだ3ヶ月ほど残っている。』

 「ええ?もう3ヶ月もこの老醜をさらせと言うのですか?」

 『…そこで交渉ごとなんじゃが、その3ヶ月の寿命ロスタイムを儂に譲ってくれんかの? 儂も年を取りすぎた、このままでは来年の春に花を咲かせることが出来るかどうかわからんのじゃ。』

 「寿命を譲るとどうなります。」

 『おぬしはここで亡くなる。でも、苦しむことも無く、ポックリとなぁ。儂も魂までは取らんよ。おぬしから頂くのは寿命だけじゃ。魂はあの世に上がる。あっちではおまえの連れ合いが待っているだろうの。』

 山﨑のじいさんはしばし考えた。

 「では、お譲りします。」

 『即決じゃの? ちょっとだけ、待っていてくれ。今、あちらへの案内人を呼ぶから。』

 その返事を聞いて山﨑のじいさんは少し微笑んだ。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 宴たけなわのころ、おじいちゃんの曾孫のひとりが、車いすのおじいちゃんを見やった。

 「おじいちゃん、寝てる。」

 「久々の外出で疲れたんでしょ。寝かしておいてあげなさい。」

 「でも、息をしていないよ。」

おじいちゃんの鼻の下に落ちていた花びらは移動だにしていない。


 「おい! タカシ、直ぐに診療所の医者をつれてこい。」

 「わかった。」

 「わしはここにいるぞ!」

宴会にちゃっかりと参加していた医者が直ぐに対応を取る。心臓マッサージをしてみたが、鼓動は戻りそうになかった。

 「14:30、ご臨終です。」

懐中時計を取り出した医者は、臨終を宣告した。


 「しかしまあ、穏やかな顔(表情)だな。」

 「微笑んでいるようにもみえるな。」

 「これが大往生ってやつか。」

 「生前葬って言ってたのに、本物の葬儀になっちゃったな。」

 「オレ、この一本桜の別名が《ぽっくり桜》だということの意味がわかったわ。」

 「儂も身体が言うことを聞かなくなったら、ここで宴会を開こうかな?」

宴会の参加者、特に高齢者は山﨑のじいさんの顔を見ながら手を合わせた。


 その山﨑のじいさんのそばではまだ若い者がバーベキューコンロを囲んで酒を酌み交わしていた。

 「《ジジババの葬式は孫の祭り》か…。」

誰かがふと顔を緩めてそう呟いた。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 『いつも、すまないねえまた、この山﨑のおじいさんをお送りしてくれるかのぅ。』

桜の老木がミヤサワ君に依頼する。

 「山﨑サン、本当に寿命を譲られてよろしかったんですか?」

 「ええ。ぽっくり逝くのは幸いでしょう。」

ミヤサワ君は山﨑のじいさんに再確認した。

 『儂は別に寿命を譲れと無理強いはしていないぞ? ぽっくりと逝きたい人からちょっぴり分けてもらっているだけじゃぞ?』

 桜の老木が言い訳がましく言う。

 「それでも、寿命のやり取りは、天のことわりに反する様な気がするのですが。」

 「いや、私の寿命を私が決めることに何の問題がありましょうか?」

山﨑のじいさんがミヤサワ君に問い返す。

 ミヤサワ君は少し考え込み、首を顰めてやれやれと言う顔をして、山﨑のじいさんを、彼の連れ合いの待つ狭間の世界へと案内した。

 



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