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**闇落ち白狐のあやかし保育園  作者: うちはとはつん
第2章 中核都市ベイルフ
96/683

096 5000年、 腑抜けておりました


巨大な幽鬼(ゴースト)は生者に苦痛を与えるため、自分の体をベイルフ全体に伸ばして、覆いかぶさった。


しかしなかなか、苦痛を与える対象が見つからない。


すでに多くの者が、幽鬼たちの出す瘴気に当てられ、苦しみ虫の息なのだ。

散発的に見当たりはするものの、まずまとまった量が欲しい。

 

虫の息に苦痛を与えたところで、微々たるものである。


すぐに死んでしまい、逆に安楽の死を与えるようなものではないか。

それでは、ベイルフ全体に覆いかぶさった意味がないのである。


さて、どうしたものかと言うように、体をねじっていると。


あった――


居るではないか。

幽鬼は街の中央で、格別に生き生きとした者どもが、みっちりと詰まる場所を探り当てた。



中核都市ベイルフの、中央に位置するツシェル城には、持ち場を離れて集まってきたダークエルフ兵がごった返していた。


それを城の上層にあるテラスで、苦々しく見つめる者がいる。

領主のハンレ・ジョーク・ウットだ。


「どいつもこいつも、この五〇〇〇年。

平和だったために、腑抜けになりおって……」


「ウット様、退避を……しかし転移は危険でございます。

ゆえに、地下通路をお使いください」


側近から耳打ちされたウットは、その者を睨み付ける。


「ばか者、頃合いを考えろ。

領主がさっさと逃げて、それが中央に知られた場合どうするのだ?


お前には統治能力が無いなどと、難癖をつけられて、領地が取り上げられるではないか」


「しかしっ……」


「分かっている。

だがな、こういう時こそちゃんと武勇を作っておかないと、後々の(まつりごと)に差し障るのだ。

 

形だけでよい。

ある程度、城内に損害が出たら私も逃げる。


ギリギリまで粘り交戦し、やむなく撤退という筋が欲しい。

つまりだな――」


ウットがとうとうと自説を述べていると、ふと足元が陰る。

何事かと見上げれば、空一面に黒い幕が広がっていくのを見た。


みるみるうちに、ベイルフ全体に覆いかぶさっていく。

照りつける陽光が遮られ、辺りは夜のようになった。


「なんだ……これは?」

「分かりませんっ、とにかく城内へっ」


側近の言葉に従い、テラスから部屋へ戻ろうとしたウットの顔に、髪のように細い糸が触れた。


「?」


ウットが手でふり払おうとすると、手に絡みついてくる。


「なんだこれは!?」


ウットが再度ふり払おうとした時、糸が腕に入り込み、中に通る神経に絡みつく。

糸はその腹で、神経をこすり始めた。


ウットの腕に激痛が走る。

骨にそって熱い鉄串を、突き刺されたような痛みだ。


「ふぐうううっ」


その痛みが腕を伝って、胸元へ上がってくる。


あまりの痛みで、呼吸もできない。

ウットだけでなく、側近や周りの従者たちも苦しみもがき、声も出せずにいた。


ショック死するほどの痛みなのに、何故か死ぬことも、気絶することも出来ない。


ウットたちを苦しませるその糸は、天空から無数に垂れ下がり、ツシェル城にいる全ての者へ絡みついていた。




良い狩場を見付けた幽鬼は、触手で集めた苦痛を、負のエネルギーへと変換する。


幽鬼は細い触手とは別に、二本の太い触腕をのばし、その先をそれぞれ四足獣スケルトンの首に巻き付けた。


精製した負のエネルギーを、惜しみなく二体へ流し込む。


眼球のない二体の眼窩(がんか)に赤い火が灯り、四足獣の動きが更に加速する。



    *



千里眼たちを担いで、ベイルフの外へ出た霧乃たちが途方に暮れていた。

盆地を囲む山々の火が、盛大に燃え広がっているのだ。


豆福の顔が青くなり、涙ぐんでいる。

もう怒り疲れて、大人しくなっていた。

霧乃の肩に、顔をうずめている。

豆福を抱きながら、霧乃が苛立っていた。


「どうする、うーなぎっ!? 

こんなの、あたしたちだけじゃ、むりっ」

「あいつら、早くおわれっ」


夕凪も腕をくみ、苛立っている。

がしゃたちの協力がないと、山火事のダメージコントロールは難しいだろう。

今はトリクミが終わるのを、待つしかなかった。


「ええ……そんな……」


二人のやり取りを聞いていたクローサが、愕然としてつぶやく。

座り込むクローサの膝元には、パーナとヤークトが横たわっている。


脱出できたことで緊張の糸が切れたのだろう、二人は崩れるように気を失っていた。


コールカインで無理やり動かしていた体が、限界に来たのだ。

ただクローサには、二人が緊張を緩めたことが信じられなかった。


クローサは周りを見る。

周りには無数のアンデッドたちが、十メートル程の間を開けて、取り囲んでいるのだった。


クローサはそれも恐ろしいのだが、目の前の子供たちを見る。


アンデッドたちが距離を開けて近付かないのは、霧乃たちを恐れているからだ。


クローサも角つきの大きなスケルトンから、子供たちが降りてくるのを、パーナたちと共に見ていた。


そこから想像するに、この子たちは北に居るという、魔女に関係しているのだろう。そうクローサは推測する。


クローサは巨大アンデッドたちが戦う轟音のなかで、一切のやり取りが聞こえなかった。

 

パーナとヤークトは、クローサに何も言わず気絶してしまったし、子供たちもクローサに何の説明もしてくれない。

だから想像するしかない。


――それにしても


クローサは目の前の子供たちが、ベイルフの住人を一切心配せずに、山火事ばかり心配しているのが信じられなかった。


――人が沢山死んでいるのに、何で火事のことなんか気にしているのっ


クローサは、そこに苛立ちを覚える。


いや、そもそもあの巨大アンデッドや、無数のアンデッドを、けしかけたのはコイツらではないのか?

どうして今まで、忘れていたのだ?


きっとパーナとヤークトが、感極まったように泣き出して、あの子にひれ伏したからだ。


クローサはそう考え、二人の安心しきった寝顔をみて、怒りがこみ上げてくる。


クローサは奥歯をかみ、憎しみの眼で夕凪を見つめた。

もう一度、ベイルフを見る。

あの中には多くの仲間たちが、まだ取り残されているのだ。


「ああっ、ベイルフが……ベイルフがああっ」


クローサは両手で顔を覆い、絶望した。


「えっ、ここベイルフって、言うんですか!?」


突然、クローサに話しかけてくる者がいた。

チヒロラだ。

クローサは、怯えながらうなずく。

するとチヒロラが、目をまん丸くして叫んだ。


「わーっ、大変ですっ、ここベイルフですーっ!」

「ん? チロどうした?」


夕凪が振り返る。


「大変ですっ、ここにキキュールさんが、いるんですっ!

早く助けないと、粉になっちゃいますーっ!」

 





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