074 みんなでかえろー~はかばーがいいっ~
「ふーむ……」
森の昼下がり。
テント内でお師さまが、一通り話を聞いて腕を組もうとする。
その動きが余りにも遅いので、夕凪の眉間にしわが寄っていた。
霧乃は、お師さまのローブから零れる白い砂を眺めている。
お師さまが腕を組みおわり、夕凪に話しかける。
「もう一度、確認させてくれるかい?
らくーちという方が、黒く萌える……いや、尻尾の主という事かな?」
「そーだよ」
「それを君たちが、動かしていたと?」
そこで、夕凪も腕を組んでこたえる。
「らくーちが、ねたからね。そのあと、うーなぎも、ねたけど……」
「君は、北の山で生まれたんだね」
「そーそー、あなの中」
「ふむ……いや大変ためになった。
よく来てくれたね、らくーち殿のこども諸君。
私は、君たちに会えてとても嬉しいよ」
「うれしいの? へへへ……」
夕凪は、お師さまに嬉しいと言われて嬉しくなった。
尻尾を、パタパタとふり始める。
霧乃も豆福を抱きながら、もじもじして尻尾を動かし、朱儀もニンマリした。
お師さまは、ゆっくりとうなずく。
「いま、らくーち殿が黒い尻尾を出していないと言うならば、ぜひお会いしたいものだ。
ここから西に居ると言うなら、向かっても北の影響はそれほど出ないだろう」
そこで、ゆっくりと天を仰いだ。
「しかしな……この通り、私は今ここから一歩も動けないのだよ。残念だ」
しょんぼりするお師さまを見て、チヒロラもしょんぼりしてしまう。
すると先ほどから零れる砂を見ていた霧乃が、お師さまにたずねる。
「でもさ、おしさま、あそこから、どうやってきたの?」
「ん? あそことは何処かな?」
「え? あそこだよ、あそこ」
子供と話していると、自分の知っていることを、相手も当然知っていると言う前提で話してくる。
なので、根気よく聞くのがいい。
「そこを、くわしくっ」
お師さまが身を乗り出すと、砂がゆっくりと零れだした。
――霧乃からくわしく話を聞き終わり、お師さまが笑う。
「はははっ、なるほどな。
いやいや私は、そこから来たのではないんだよ」
「えっ、ちがうの!?」
ポカンとした霧乃に、お師さまはうなずく。
そして納得したようすで、つぶやいた。
「ふむ、やはりあるのか……」
チヒロラが、お師さまにたずねる。
「お師さま、それって前にお話ししてくれた、あれですよねっ」
チヒロラの体が、一回だけぴょんとする。
「ああそうだね、恐らくそこは墓場だろう」
「はかば?」
霧乃は聞きなれぬ言葉を、オウム返しする。
「ふむ、墓場とは少し違うかもしれないがね。
アンデッドの中でも知能の無いものは、自己崩壊も恐れず突き進んでしまうのだよ。
だから中心地へ至るどこかの地点で、大量のアンデッドが崩壊して、堆積した場所があるんじゃないかと思っていたのさ」
見ると霧乃が、眉毛を八の字にしている。
あれ? ちょっと説明が長かったかな?
そう思ったお師さまは、言い直す。
「バカな骨は、粉になっちゃうんだ。
それが一杯たまっている所を、墓場って呼びたいなあと思ったんだ。どうかね?」
霧乃の顔が、パッと明るくなった。
「へー、いいよっ」
今の説明で霧乃は納得してくれたらしく、お師さまは満足する。
そこへ、夕凪が割って入った。
「はかばーがいいっ、のばすと、カッコいい!」
「まあ、呼び方は何でも良いのだが。
しかし墓場……いや、はかばーに未だ多くのアンデッドが、形も崩れず残っているのは興味深い」
お師さまは、首をゆっくりふった。
「ああ、残念だよ。
今の話を聞いて益々、らくーち殿にお会いしたくなった」
少しうつむくお師さまを、チヒロラが気遣う。
「お師さま……」
チヒロラは、優しいお師さまに恩返しがしたい。
いつもそう思っていたので、こういう時こそ役に立ちたいのだった。
なのにチヒロラは、どうしたら良いのか分からない。
チヒロラが悲しくなってキュッと目を瞑ると、夕凪がお師さまを指差した。
「これ、みんなで、もってっちゃう?」
それを聞き、しばらくポカンとしたチヒロラの顔が、パッと輝く。
「あーっ、それです、それですーっ」
外に出て、三角テントの隅をそれぞれで持つ。
霧乃がひとつ。
夕凪がひとつ。
最後の隅を、朱儀とチヒロラがもった。
「いくよーっ、いっせーのーっ」
夕凪のかけ声で、三角テントを神輿のように持ちあげる。
思ったよりも全然軽かった。
お師さまなど体は大きいが、中身は骨だけなのでとても軽いのだ。
下の面がちょっとたわむけれど、問題ない。
ただ、テント内からお師さまの声がする。
「あの、これは不味くないかね?
おとなを幼子に運ばせるなど、何だか私が幼女虐た……」
「いくよ!」
「「「おーっ!」」」
即席の神輿が、森の中を揺れながら進んでいく。
その後ろを、豆福をくわえた松永が音もなく付いてきた。
仲間はずれにされて拗ねているかと思ったら、そうでもないようだ。
松永がくわえていると、何だか食事中に見えなくもない。
豆福は、ぐったりしていた。
ただそれは寝ているだけであり、決してかみ殺された訳ではないのだ。
そうとは分かっていても、チヒロラは、チラチラと振り返り青ざめる。
しかしその内、御輿を担ぐのに夢中になってしまった。
「よいしょっ、よいしょっ」
チヒロラの声が、軽やかに弾む。




