073 みんなでかえろー~テント内はもうギュウギュウ~
「えっ、えっ、えっ、じゃあ見ましたか!?
あの黒くて大きくて、うねうねして、大きいのをっ」
肉眼で見たことがないので、言い方が大雑把だ。
チヒロラは、大きいを二回いうほど興奮していた。
見たのならば、ぜひ話を聞かせてほしい。
聞かれた霧乃が、ちょっと考える。
「あーそれ、らくーちの、しっぽだ」
「らくーちのしっぽって、言うんですか!」
チヒロラが大変に興奮して、ぴょんぴょん飛び跳ね出したので、霧乃と夕凪はポカンとし、朱儀は面白そうだから真似をした。
豆福は、すやすや中である。
霧乃と夕凪が、顔を見合わせる。
「あれ、うごかすの、たいへんなんだ。
なー、うーなぎ」
「なー、おもいんだよな」
霧乃と夕凪はただボヤいただけだが、その言葉はチヒロラの頭を大変に混乱させた。
「えっ、えっ、えっ!? それどういう事ですか!?」
チヒロラが余りにも聞きたがるので、霧乃と夕凪は交互に話し始める。
あれは自分たちが、動かしていたこと。
岩のでっかいのを、やっつけたこと。
「だーくなんとかが、いっぱい来たの」
霧乃がそう言うと、夕凪がうなずく。
「だから、いっぱいコロシた」
「そしたらね」
「なー」
「「もりが、めちゃくちゃに、なっちゃった」」
あれはまずかったと、霧乃と夕凪は苦笑いする。
「あははーっ」
聞いていた朱儀が、笑って何度もうなずいていた。
淡々と語る二人とは対象的に、チヒロラは驚きの連続だった。
「えーっ、えーっ、ええええっ!」
自分はとんでもない人たちと、お友達になったのではないか?
チヒロラは、震える指先をギュッと握りしめた。
それは、恐怖からの震えではない。
この人たちは強い。
そして匂いを嗅ぎ合ったとき、自分はこの人たちと一緒だとも感じている。
それらの認識が絵本ばかり見て育った、小さな鬼の内側を刺激した。
まだ幼いチヒロラは、自分の中で湧き上がる情動に無自覚だったが、自然と口のはしが上がり笑みを浮かべている。
「皆さんが、黒いうねうねだったんですねっ!」
霧乃が首をふる。
「ちがうよ、それは、らくーちだよ」
「らくーちさんっ!」
チヒロラは、まだ見ぬ「らくーちさん」へ想いを馳せるのだった。
*
チヒロラは散歩程度の気分だったので、それほど遠くへは来ていない。
すぐに、お師さまの籠るテントが見えた。
チヒロラは、見えた途端に駆け出す。
「お師さまーっ、お師さまーっ!」
テント入り口のスリットをめくり、中へ飛び込んだ。
テント内で、ローブにくるまっているエルダーリッチを強く揺さぶった。
「お師さまおきてっ、ねえおきてっ!」
「ふが……」
テントの外から、霧乃の声がする。
「ねーっ、何これっ? なに?」
「どうぞ、入ってきて下さいっ、この……お師さまおきてっ」
霧乃たちが、恐る恐るテント内へ入ってきた。
「ふわ、何かくらいっ」
「あな? ねえこれ、あななの?」
「ふわー」
霧乃たちは、初めて見る「建物」にビックリした。
今まで屋根のついたものなんて、見たことがなかったのだ。
おっかなびっくりである。
あなだこれ、あなだね、と三人で話しながらキョロキョロしていた。
簡易テントは、あまり広くはない。
ローブを何枚も羽織り、着ぶくれしたエルダーリッチだけで、ほとんどのスペースを占めてしまう。
そこへチヒロラと霧乃たちが入ってくるので、テント内はもうギュウギュウだ。
更に松永も入ろうとする。
「「「「ええーっ」」」」
チヒロラが、泣きそうな声をだした。
「あーっ、まーなかさん無理ですっ。テントが、こわれちゃいますー」
皆で、松永を押し返した。
霧乃は豆福を抱いているので、戦力外だ。
「みんな、がんばってー」
松永のパワーは、並大抵ではない。
白狐一人と、鬼子二人の三人でもってしても、そうそう押し返せるものではなかった。
チヒロラの顔が、真っ赤になる。
「ふぬ゛ぬ゛ぬ゛ぬ゛ぬ゛ぬ゛ぬ゛っ」
その騒ぎと、テント全体が激しく揺れたため、エルダーリッチが急速に覚醒する。
「ん?」
そうして、やっと松永を押し返した四人――ひとり応援――が、外から戻ってきた。
「みんな、おつかれさまー」
「はあはあっ」
「ふうふうっ」
「ぜいぜいっ」
皆、松永との押し合いで汗だくだ。
そんな子供たちに、吞気な声がかかる。
「おー、チヒロラじゃないか。ん? この子たちは?」
「むー」
チヒロラは最初の興奮がどこかへ吹き飛んでしまい、お師さまをつい恨めしそうに見つめてしまった。




