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SILVER BLADE ZENITH! ~学校ごと異界の森に転移~  作者: 安藤ナツ
一日目

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3/11

003

 人の生首を見てのリアクションは様々であったが、そこには共通する物があった。

 恐怖だ。

 わかりやすい程に現実的な『死』と言うイメージを受け止めることができずに、一〇名は自らの正気を手放し、ただただ現実から逃げる為に気絶し、或いは奇声を上げる。理知的に見えた哉太ですら口元を覆って吐き気を堪えるのが精一杯で、突っかかって来た裕次郎や宣は胃の中を吐き出し、双葉は気絶している。

 誠は生首の瞼を下ろすと、ビニール袋の中に生温かい生首をしまい、袋の口を結んで教卓の中にそれを隠した。彼等のリアクションが正しい事は理解できているが、共感はできそうにない。狂気に囚われているのは、自分か、彼らか。そこに客観的な判断が存在するのだろうか? そんなことを巨漢は考える。

「皆、落ち着いて落ち着いて。ほら、お水」

 和やかに言いながら、創志が今度は自分の手で鞄に手を突っ込み、ペットボトル入りの水を人数分取り出す。二〇〇ミリリットルサイズのそれとは言え、十数本も何処で手に入れたのだろうか? 電源が通っていない以上、自動販売機が動くとも思えないが。

 そんなことを考えていると、自らの手でペットボトルを配って歩き終えた創志は、誠の方を見て肩を竦める。「やれやれだぜ」とでも言いたげだ。気絶した双葉を除いて、全員が落ち着きを取り戻したのはそれから十分程度の時間が経過してからだった。

 誰も水には手を付けていない。全員一端会議室から無言で出ていくと、トイレで手と顔を洗って戻って来た。良く戻って来たな、と誠は彼等の精神力に関心する。まあ、生首を平然と持って来る生徒会長の命令に逆らったらどうなるかわかった物ではない。嫌々ではあるが、戻って来るしかないだろう。逃げ場もない。

 後、失禁していた楓がスカートの中身をどうしたのかも、非常に誠の関心を惹いた。もしかして……もしかするのだろうか?

 が、流石にそれを議題にするわけにもいかず、全員が再び揃った所で誠はペットボトルの封を開け、水を飲んだ。死体の入っていた鞄から出て来た水を良く飲めるな、とでもその視線は言いたげだが、ビニール袋に入っていたからセーフだろう。スーパーで買った豚肉と一緒に入っていた牛乳を飲むことに忌避感を覚える人間はいない。

「さて。皆、少しは現状が理解できたと思うけど、話しを進めて良いかな? それとも、質問ある?」

「どこにあった?」

 控えめに手を上げると同時に発言をしたのは、陸上部部長の長谷雄だ。余り他人と一緒に行動をすることがないと言う点では誠と共通点のある生徒で、走る為に作り上げた身体は細く、その点では誠と対照的でもある。

「勿論、森の中だよ。校門を出て外から少し行った所かな。誰かは……わからない。他にも二つ死体はあったよ。首とか腕が千切れ飛んでいて、全員腸を漁られていた。多分、美味しい所だけを食べたんだろうね」

「あいつは、陸上部の二年だ。ハードル走選手だった」

「そう。わかった。後で名簿を確認しよう。他に質問は?」

「ないようだぜ?」

「じゃあ、話しを進めよう。僕達は今、人を喰い殺す生物が出る森の中にいる。この瞬間にも校舎の中に入って来るかもしれない。きっと、一人では到底敵わない猛獣だろうね。だから、僕達は団結しなければならない。ここまでで、反論はある?」

 反論は上がらなかった。人を殺す存在に、一人で戦うことなんて出来るわけがない。戦うのであれば、誰かの協力は必要不可欠だ。

 しかし団結と言うには少しばかり誤謬がある。『誰でも良いから他人に守って貰いたい』が彼等の本心だろう。その逆はない。助けないが、助けられたい。それが本心だろう。誰だって、余計なリスクを負いたくはない。

「そして団結するなら旗印がいるよね? リーダーだ。九〇〇人の生徒を纏める人間が不必要不可欠だ」

 そんな人の汚い思考に気が付いているのかいないのか、創志は話しを続ける。

「で、僕がその代表になろうと思うんだけど、異論はないよね? 生徒会長だし」

「あ?」「いっ?」「うん?」「え?」「おい!」

「どうやら、不満があるようだぞ」

 いつの間にか、進行役になりつつある誠が、委員長&部長の意見を生徒会長様に届ける。

「えー。面倒臭いな。まあ、じゃあ、深夜ちゃん。忌憚のない意見をどうぞ」

 真っ先に指差されたのは体育委員長の最上深夜。名前とは対照的に明るくムードメーカーな所のある彼は、「ありえねえ」と完全否定から意見を述べた。

「よりによってお前だと? 死体を拾って来るキチガイって自覚がないのか?」

「おいおい。わざわざ死体を持って帰って来たんだよ? 弔いをするに必要だろう?」

「う。でも、大体、得票数一票で選ばれたお前が生徒会長をやっている時点でおかしいだろ!」

「しょうがないじゃあないか。他に立候補者はいなかったんだから。その場合、無条件で当選するって言うのが校則なんだから」

 因みに、一票は誠なのだが、黙っておいた方が良いだろう。

 何にせよ、生徒会長である創志が生徒達をまとめると言うのは決して悪い話しではない。誠にしてみれば、十八年近い人生で出会った人物の中でも真壁創志と言う人間はトップクラスに頭の切れる人間の一人だ。少なくとも同年代では比肩しうる者はいないし、この学校でも純粋な知識量で適うものはいないはずだ。

 それは三年生ならば全員が知っていることだろう。

「それでも、お前は信用ならない。こればかりは理屈じゃあない。伊吹か宮尾を俺は押すぜ? 能力で劣っていても、人間的に信じられる」

 しかしその優秀さを台無しにしてしまうのが《人払い》と言う特異性だ。理由はない。同じ空間にいることすら苦痛に感じると言う現実だけが存在する。ゴキブリと同じ空間に居たくないのと理屈は一緒だ。

 そして、ゴキブリに率いられたいと思う人間もいないだろう。

「酷い言い様だなあ。まあ、そう言うならそれでもいいよ」

 言葉とは裏腹に然程傷ついた様子も見せずに創志は言った。友人である誠に内心で害虫扱いされていることに気が付く様子もない。

「じゃあ、それで良いよ。哀れな真壁創志は生徒会長リコールで、代わりは誰がやる?」

「ちょ? 良いのかよ、創志」

「うん。最初に言っただろ? 僕がやったら恐怖政治になるって。それに団結する必要があるなら、僕みたいな嫌われ者よりも、人気者の愛望ちゃんや進ちゃんの方が頭に相応しいでしょ?」

 あっさりと引いた所を鑑みるに、最初から想定の流れと言った所か。その素直過ぎる反応は場の一〇人に不信感を与えたようで、胡散臭そうな表情でニコニコ顔の元生徒会長を見た。提案者の深夜も、創志の誘導に乗せられてしまったようで腑に落ちない表情をしている。

「ふーん。じゃあどうするんだ? 委員長&部長動同盟? って言うか、根本から話を引っ繰り返すようで悪いけど、学校生と全員一丸になる必要あんのか? 女子は女子だけでとか、クラスごとにとか、もっと少ない人数の方が纏まるんじゃあないか?」

 このまま創志のペースで話しが進んで行くのもどうかと考え、誠は例え話を一つしてみる。誠では三人の人間を纏めるのも難しいのに、九〇〇人の人間をこの十人少しの人間で管理しようと言うのは無理がある気がしたのだ。それならば、もっと小規模のグループに分割した方が幾らか動きやすいのではないだろうか?

「流石誠ちゃん。愉悦のなんたるかを理解しているね」

 誠の思い付きに反論をしたのは創志であった。

「小さいグループが沢山出来れば、きっと直ぐにグループ間で争いが起きるよ? そんなことしている場合じゃあないのにね。誠ちゃんみたいに強い人はそれを上から笑って見ていられるけど、他の人はどうかな?」

 俺にそんな趣味はない。と反論しようとした誠よりも早く、絶賛スカートの中が気になる楓が挙手と共に意見した。

「そ、そうならない為に、九〇〇人を同じ組織の人間だと言い聞かせるんですか?」

「そう言うことだよ。楓ちゃん。当座は、少なくともそう思わせておいた方が便利でしょ。皆で仲良くってね。だから、皆に嫌われている僕よりも、愛望ちゃんか進ちゃんが頭の方が色々と便利だなって思うわけさ。わかった? 誠ちゃん」

「わかった。俺はもう、隅の方で素振りでもしてるわ」

 どうやら、世の中の皆は自分よりも物事を複雑に考えているらしいことを知って、誠は考えることを止めた。思慮深い連中は連中で集まって考えれば良い。それはきっと正しいだろう。

何も知らない者が何を見ても、何も理解できないと創志は言った。少なくとも、誠はそう言った集団の上に立つ上で必要なことは何も知らない。そんな状態で話し合いをしても、邪魔になるだけだろう。

 誠は本当に会議室の一番後ろに行くと、素振りを始めた。勿論、竹刀など持っていないので、素手での素振りだ。他の人間は唐突で、そして少し滑稽なその姿に呆れた様な顔を見せるが、同じ剣道部の裕次郎だけは忌々しそうにそれを睨みつけている。剣術のなんたるかを知らないのであれば、誠の素振りの意味がわかるわけがない。ただ腕を振るだけで、誠の高位の凄まじさが伝わって来るのだろう。剣道部部長が見る誠の手の中には、美しく濡れた日本刀の姿があった。

「じゃあ」創志が手を鳴らし、注目を誠から奪い取る。「取り敢えず暫定リーダーは愛望ちゃんってことで」

 そうして、あーでもない、こーでもないと議論が始まった。

『ま、精々内政ごっこを楽しんでくれ』

 誠は胸中でだけ呟き、完全に意識を素振りに集中させる。

 彼等の知恵や頭脳だけではどうしようもない状況を想定し、誠は二時間素振りを続けた。


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