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SILVER BLADE ZENITH! ~学校ごと異界の森に転移~  作者: 安藤ナツ
一日目

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010

 一対一の戦いは基本的に不測の事態は発生しない。

 北沢誠は師匠達にそう教え込まれて育った。大抵の場合はそれが真実だと誠は学んだ。

 不純物を削りに削った一対一の戦い。予測不可能な奇策は既に幾度となく使われて陳腐な物と化し、対策できない者が弱者や未熟者と呼ばれることとなる。限られた選択肢の中で、誤魔化しが利かない闘い。

 その世界では純粋により完成度の高い方が、より強いモノが勝者となる。

 それはつまり、相対した時点でより優れた方が勝者となると言うことだ。

 だから、誠は最初の一頭目のワイバーンに戦うと言う道を選んだ。他の人間が言う程に余裕はなく、一瞬の判断を間違えれば勝敗は逆になっていた強敵ではあったが、目と目を合わせた時点で、誠は己が少しだけ、本当に僅かに総合力で飛竜を上回っていることを確信していた。最初の一手を決めれば、流れを引き込めることがわかっていたからこそ前へと進めた。

 が、新たに現れたワイバーンにはそう言った希望の様な物の取っ掛かりが全く掴めなかった。今まで闘った中で最も強い存在を引き合いに出したとしても、十倍や二十倍で済まないような隔絶した強者の雰囲気。勝機らしいものは何も見いだせない。勝つには祈りではなく、奇跡が必要だろう。

「創――」

 創志! 逃げろ! と、誠はせめて友人を逃がそうと意識を一瞬だけワイバーンから意識を逸らす。それは文字通りに命取りとなる失敗だった。いや、友人を逃がそうとした意思を考えれば、これ以上なく成功したといえるかもしれない。

 一呼吸にも満たない僅かな隙を突く様にして、ワイバーンは一陣の風となって誠へと急直下したのだ。重力を味方にしたその落下は、例えワイバーンであろうとも制御できるのかどうか不安な程に速い。誠が自らの失態に気がついた時には、上空にいた筈のワイバーンの後ろ足の鋭い爪が既に巨漢の目前へと迫って来ていた。

 殆ど反射的に誠は木刀を縦にしてワイバーンへと突き出す。凄まじい風とその圧力に目を細め、奥歯を噛みしめて想定さされる衝撃に備える。瞳は自然と刹那よりもなお早いワイバーンの動きを予測し、研鑽した身体と術理が考えるよりも早く最適の行動を命令する。

 飛龍の大きさはスクールバスと変わらぬほど巨大だった。雌と思われる飛龍よりも二回りは大きい。その巨体に似つかわしい巨大な鉤爪と、誠の突き出した木刀が振れる。誠の能力によりその爪は切り裂かれ、その間隙を縫って体当たりを回避する――と言う目論見であったのだが、

「――志っ!?」

 ワイバーンの鋭い爪はそれを許さなかった。誠の能力である『切断』が通じない。長い年月を経ているであろう巨大なワイバーンの爪の先に、誠の異能は少しも刃が立たなかったのだ。それは誠が初めて経験する例外だった。いや、例外と言うのも少し違うか。確かに、水を使えば火を消すことは出来るだろう。それに異を唱える必要はない。ただし、コップ一杯の水で山火事を消すことは不可能だと言うことも同時に忘れてはならない。

 つまり、半生を賭した誠の鍛錬も、ワイバーンの前では風前の灯火でしかなかったということだ。

 そうとなれば、全てがご破算だ。

 ワイバーンの爪と誠の木刀の拮抗は一瞬。

 余りにも人間的なサイズの誠が巨大なワイバーンとの衝突に耐えられるわけもない。木刀は簡単に折れ、それを握っていた腕もへし折れ、その痛みを覚える余地も早く、誠の身体はワイバーンの巨大な足によって地面へと叩きつけられる。肋骨の幾らかも木刀と同じように折れて肺や内臓に突き刺さり、背骨にもヒビが入った。口からは押し出された空気と共に血が吐き出される。産まれてから今まで感じたことのない鋭い痛みと喪失感に、誠の脳裏には走馬灯のように過去の出来事が走って行く。

 ワイバーンに押し潰されるほんの僅かな時間が永劫に引き延ばされ、誠の脳が過去の記憶を掘り返す。この『走馬灯』と呼ばれる現象には科学的な説明が一応付けられている。絶体絶命を前にした時、過去の記憶から現在の状況を対処する方法がないかを検索しているのだと言う。大量に分泌される脳内物質が、普段よりも何倍も人間の感覚を鋭くさせ、体感する時間の流れすら遅く感じさせるのだ。

 例えば、昼間の怪鳥との戦いは? 弱すぎる。参考にならない。

 例えば、成り行きで殺すことになった外国人強盗は? 拳銃以外はただの人間だ。参考にならない。

 例えば、豊夕大学でテストと称して戦った熊や獅子は? 野生であってもスケールが違い過ぎる。参考にはならない。

 例えば、師匠である吉永栄吉は? 人としては最高峰だが、飛龍と比べるには余りも矮小だ。参考にはならない。

 どんな過去の強敵を引き合いに出した所で、どんな修羅場を思い出した所で、この状況に対処する方法は誠の記憶の中にはなかった。こんなもの、木刀一本で戦車に立ち向かうような物だ。

 勝てるわけがない。

 嗚呼。ならばせめて、自分を食べて満足して帰ってくれればいいのだが。誠としたことが、誠らしくもない考えを僅かにでも抱いたその瞬間――


 例えば、大口を開ける翼も脚も退化した巨大なワームと戦った時は?


 ――僅かな頭痛と共に、誠の脳裏に見覚えのないシーンが今際の走馬灯として蘇える。場所は溶岩が沸き立つような火山の火口。灼熱の熱気と共に溶岩から飛び出した全長二十メートルはあろうかという巨大な翼と手足のないドラゴン『ワーム』の猛突進を、誠は紙一重で躱しながら右手の幅の厚いショートソードで切り付ける。膨大な熱量と、それに耐える外殻を、誠の剣は易々と貫き、肉を裂いていくではないか。

 勿論、誠はそんな体験を経験したことなどない。が、確かにそれは誠の記憶であった。

 同時に、自分の能力の理解が少しだけ深まる。本当に僅かに『斬る』と言う言葉の意味に触れる。

「っぐ!」

 食い縛る歯茎の隙間からガバガバと血と魂魄を溢れ溢しながら、誠は辛うじて動く右腕を動かし手刀を作り、それをワイバーンの爪と肉の間に触れさせる。瞬間、先の一撃とは違う手応えが右手に返って来る。ほんの少しだけ、誠の右腕が飛龍の肉を削いだ。

「GURUUUU!」

 敏感な指先が傷つき、ワイバーンは驚愕を露わにしながら誠の上から足をどけ、翼をはためかせながら上空へと距離を取った。惜しい。あのまま行けば、爪の一本ぐらいは斬り取れただろうに。誠は口の中に満ちる血を吐き出すと、このチャンスを逃がすものかと立ちあがろうとする。しかし、内蔵がミンチになってしまったかのような激痛によってそれは成しえない。根性がどうとか、精神がどうとか、そう言った領域の話しでは既にない。

 だが、今立ち上がらなくては、あのワイバーンの次の攻撃を避けることは不可能。何とか痛む身体に無茶をさせようとすると、頭を襲っていた万力の様な痛みが強くなり、脳裏に覚えのない光景を再び浮かび上がらせた。

 それは、あらゆる憎しみを束ねた魔の王と闘った時の記憶であった。幾星霜を閲した魔術の真髄から放たれる古今東西の魔法の嵐を、記憶の中の誠は致命傷だけは避け、腕と視力を失いながらも、最後には絶対なる万魔の王と刺し違えることに成功した。

 あの時と比べれば、今は絶好調にも等しい。誠の身体は覚えのない記憶と経験に突き動かされ、できの悪い人形の様にちぐはぐに起き上がる。その事実に、でたらめな記憶が自分の物だと言う確信が強まり、自分と言う存在に対する認識が薄くなって行く。

 それが一体何を意味するのか? 誠自身まだその答えに到達はできていない。が、生きていることすら難儀する負傷を負いながらも立ちあがったと言う事実だけは、疑う余地がない。

 満身創痍に鞭打って、記憶と今が混濁する視界に目を向けて、誠は右腕を真っ直ぐに天へと向ける。その先には、再び急降下の構えに入ったワイバーン。何にせよ、二撃目を回避する手を探さなければならない。

 未だに体感時間は加速したまま。

 引き延ばされた刹那の間に、無数の記憶が駆け巡り、様々な体験が蘇る。

 ある時、誠は十数人を率いる傭兵隊の長だった。部下の裏切りに合い死んだ。

 ある時、誠は孤独な剣士だった。剣聖等と物語歌われ、誰にも知られずに死んだ。

 ある時、誠は復讐鬼だった。妻子の仇を取ることなく、薄汚い路地の裏で果てた。

 ある時、誠は革命家だった。一〇〇〇人の為に万人を殺し、英雄となった。

 ある時、ある時、ある時、ある時――誠の人生は流血と不幸が積み重なっていた。

 ある時、ある時、ある時、ある時――誠の人生とその手には一本の剣があった。

 あらゆるマコトの人生は、闘争と刀剣で満たされていた。

 ある時の誠であれば、できたかもしれない。あの時の誠であれば、可能であったかもしれない。あの日の誠であれば、児戯にも等しいことだったかもしれない。いつかの誠であれば、ワイバーン如きに遅れは取らなかっただろう。

 だから誠は彼等の動きを模倣した。あまりにも遅すぎる刹那の隙間を縫うように、誠は最小限の動きで迫り来るワイバーンの魔爪を紙一重で回避する。腕の痛みも、口の中の血の味も、少しも気にならない。巻き起こった倶風に煽られ、大きな身体が頼りなく揺れるが、それでも誠は決して倒れなかった。

 しかしその奇跡の代償なのか、誠の頭痛は更に激しさを増す。視界には無数のマコトが剣を振り、魔を断ち、人を斬り、血に酔って舞う光景が連なる。最早、どの光景が現実なのか、悪夢の様な頭痛に襲われる誠には判断がつかない。

 ワイバーンが猛り、風が轟々と音を鳴らしているのだ。例え万全であっても危険と隣り合わせだと言うのに、こんなコンディションでは直ぐに殺されてしまう。痛みにすり潰されそうな意識を握り締め、誠は必死に自分が立つべき本来の景色を探す。

 すると無数の誠は次第に収斂して行き、莫大な経験が一つとなり、無数の剣筋がたった一つの煌めきとなる。

 そして――そして最後に誠の視界は真っ暗になった。

 ワイバーンがいない。創志もいない。死体もない。食堂もない。

 黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。あるのは闇ばかり。

 自己を認識できない暗闇。自身を見失う深淵。時の概念すらない虚無。

 例外は、目の前に立つ一切の汚れなき白銀の全身甲冑一式と、闇全体を震わせるように「おぎゃー」と泣き叫ぶ赤ん坊の声。ただし、赤ん坊の姿はない。

 これも、自分自身の記憶なのだろうか? 誠は今までの血と戦の記憶からかけ離れた暗闇とその住人に困惑を覚えずにはいられない。

『我は――』

 誠の戸惑いを受けてか、がらんどうの白銀の甲冑が小さく言った。赤ん坊の泣き声に掻き消されてしまうようなくぐもった声だが、誠の耳には何故かそれが深く届いた。

 白銀の甲冑は金属同士がこすれ合う音を全身から響かせながら、歌うように前へと一歩を踏み出す。

『我は汝が祖。汝は我が祖。剣閃の起源にして頂点にして、創世の一つ也』

 そして、白銀の甲冑は腰の剣を抜いた。

 黒い金属で拵えられた鞘から抜き放たれるは、西洋風のフルプレートに相応しくない刃渡り二尺三寸の太刀。濡れた様なその刀身は闇の中でこそ一層に輝き、その輝きを纏ったまま、白銀の騎士は横一線に振り抜いた。

 銀閃は闇を鋭く斬り払い、眩い光の奔流が誠のいた空間を白く染め上げる。赤ん坊の泣き声は激しさを増して行く。しかしそれは苦痛や悲哀からではない。歓喜だ。

 何がそんなに悦ばしいのだろうか? 誠は眼を細めて光の先に視線を向ける。

 光の先には無限にも思える『世界』が広がっていた。空。大地。海。一つ一つ説明するのも馬鹿馬鹿しい程に雄大な景色。あらゆる命がその生を全うするべく闘う偉大なる自然。善も悪も感じられない、尊大でも謙虚でもない森羅万象。

 これは赤ん坊の視界から見た世界だ。産まれて初めて瞼を持ち上げた、赤ん坊の景色。一つの偏見すらない、無垢なるモノによる純粋なる世界の在り方。

 そして、誠は全てを理解した。

 無限に見えた記憶にない経験の走馬灯。重なり合う無限の剣閃。暗闇に響く赤ん坊の泣き声。闇を切り裂き、光を与えた白銀の騎士。純粋なる流血に満ちた弱肉強食の美しい世界。



「そうか――すべては繋がっているんだろう?」



 瞬間。誠の意識は現実に戻される。

 視界には見たこともない星座がちりばめられた眩い星空をバックに、再度滑空を試みる角のワイバーンの姿が。凄まじい威圧感と暴風を纏い、先程まで誠を圧倒していたその姿に少しの陰りもない。が、今は少しだけ戦える気がした。

 迫り来るワイバーンの爪を前に、誠の脳は過去の経験から現状打破の情報を探すのを止めている。もう、それは必要なかった。等身大の時間で、誠だけの本当の時間で、その一撃を回避することは、難しいことではない。

だから。右手を握り締め、叫ぶ。

 例えばではない、真実を自分の物にする為に。


「【第一の術:アダン】!」


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