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SILVER BLADE ZENITH! ~学校ごと異界の森に転移~  作者: 安藤ナツ
一日目

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11/11

011

 真壁創志は視界の先で、北沢誠が角を持ったワイバーンに捕食される瞬間を見た。物理的な法則を無視した巨大な質量が高速落下することによる単純な体当たりが、死んでも死なない様な友人の背中に土をつけた。そればかりか、口から血をこぼさせ、腕の骨を砕き、そしてなにより有り得ないことに、誠が持っていた木刀を叩き折っている。

 誠が握り、刃と化した物体の頑丈さを創志は良く知っていた。野犬を一刀両断し、向かって来るナナハンのバイクを真っ二つにし、銃弾をはたき落した、笹の葉っぱでも、木刀でも、割り箸でも、得物は関係なく、誠の刀は強い。強かった。

 が、そんな黄金律と思っていた過去の経験は、所詮は偶然に過ぎなかったらしい。あれだけ鍛え上げた肉体も、極め上げた剣術も、研ぎ澄ました能力も、ワイバーンには通用しなかった。敗北と言う二文字から最も遠いと信じていた友人は、飛龍の巨大な脚に抑えられ、ひっくり返ったカブトムシの様に手足を動かすことしかできない。

 このまま、誠は潰れたトマトの様に中身をぶちまけて殺されるのだろう。

 次は自分だろうか? 創志は他人事のようにそんなことを考えた。死に対する恐怖はない。沢山の死体を見て来たが、未だに死を見たことはない。死なんて物は言葉遊びの一つに過ぎず、ならば生もおふざけの戯言でしかないと創志は知っている。恐れるのであれば、死ではなく痛み。誠のように下手な抵抗をせず、潔く喰われてやるしかないか。

 そんな覚悟を決めた時、ワイバーンが叫び声と共に翼を打ち、上空へと飛び退った。昼前の怪鳥のように、上空から落としてトドメとするつもりか? が、直ぐにその考えが違うことを創志の瞳は教えてくれる。

 地面には右手で手刀を作った誠が転がっている。そして、滞空するワイバーンの爪からは一筋の血の痕。

「何が、あったんだ?」

 どうやら、自分は重要な瞬間を見逃してしまったらしい。創志にしては珍しく、慌てたように視線を上下に動かす。地面に立ちあがろうと血を吹きながらもがく誠。上空にはそれを見下すワイバーン。その一関係はそのまま二人の強弱を示しているようにしか思えないのだが、創志の眼には両者の天秤がゆっくりと動いているように感じられた。

 そして、それが確信に変わったのは、怪我をしたまま誠がふらりと立ち上がり、ワイバーンに対して構えを取った瞬間であった。

「誠……ちゃん?」

 右手の肘を自然に折り曲げ、目線の高さで手刀を構える。何かに祈るようにも見えるその姿は、この二年間の付き合いで見た誠のどんな臨戦態勢とも違ったのだ。何処か似通っていて、非常に誠らしい構えなのだが、だからこそ違いが際立つ。

 まるで誰かが誠の真似をしているような。まるで誠が誰かの真似をしているような。

 そして、その違和感の強い不格好な構えのまま、誠は二度目となるワイバーンの強襲を避けて見せた。先程は木刀があっても成す術がなかった一撃を、紙一重とは言え、完全にかわしてみせた。

 その後も、誠は続けざまに迫り来るワイバーンの攻撃を、かわす、かわす、かわす。全て紙一重で、まるで誠らしくない、しかし如何にも誠であるように、回避していく。その精度は回数を重ねるごとに増して行き、遂には右手による手刀の反撃まで入ったではないか。

 そして、幾十もの襲撃を回避し終えた後、ぴたりと誠は動きを止めた。何処を見ているかも判然としない瞳で、ぼうっと宙を見ている。不気味な程に隙だらけなことが創志にもわかった。今度こそ、誠は殺されてしまうのだろうか? と、冗談にもならない思考が頭を過ると同時、躊躇したように一瞬だけ空中で動きを止めたワイバーンが、見飽きた急降下の姿勢に入った。

 同時、曖昧模糊とした『誠であって誠でない』としか言い様のない雰囲気が友人から一切消え去る。瞳はスイッチが切り替わったかのように極々自然に宙を舞うワイバーンを見つめていた。先程までの痛みに悩まされるような苦悶の表情は消え失せ、自身に満ちた顔で右手を真っ直ぐにワイバーンへと伸ばす。攻撃を回避し続けた時の冴えはその動作には感じられなかったが、代わりに今まで見たことがないほどに誠は自身に満ちた様子で口を開いた。


「【第一の術:アダン】!」


 そして、一瞬が起きた。

 誠とワイバーンが交錯する一瞬の全てを、類稀なる動体視力によって創志は視た。誠がまるで世界の法則の様に叫んだと同時、誠とワイバーンの間に立つようにして銀色の甲冑が現れた。それは白銀をベースにした、西洋風のフルプレート。しかしどこかその意匠は当世具足をも想像させる。腰に佩いた太刀がその要因だろうか? 誠が闘争に必要な物を集めて作られた巨体を持つと言うのであれば、その鎧騎士は闘争に不要な物を削ぎ落して造られた矮躯と例えられるだろう。対象でありながら、その本質は変わらない。

 何処からともなく現れた、白銀の鎧騎士はまるで誠のように腰の太刀に手をかけると、足を前後に開く。そのフェイスガードに隠された視線の先には当然の様にワイバーン。鎧に覆われて尚、伝わって来る騎士の鋭い視線と、その意味。

 ワイバーンもそれを察したのだろう。今までとは桁違いの気迫と殺気。今まで以上に洗練された抜刀の構えの意味することを。創志には、ワイバーンが今日初めて恐怖したのがわかった。例えば、滑空する前であればその感情は抱かなかっただろう。或いは、しっかりと地に足をつけて間合いを読み合っていれば結果は変わっただろう。しかし今は違う。殆ど落下するように誠へと襲い掛かっている。誠ですら初撃での回避が不可能であったその一撃は、ワイバーンにとっても制御不可能な攻撃であるのだ。

 つまり、納刀した状態で構えを取る白銀の騎士の攻撃を回避することはワイバーンに難しいことを意味した。無論、騎士にしてもワイバーンを抜刀と共に斬りつけ、バランスを崩した飛龍の巨体を回避すると言うのは困難な仕事であろう。まだ、勝負は五分と五分。天秤はどちらにも傾いていないし、ネットにひっかかったボールが落ちる先は誰にもわからない。

 ただ、猛り狂うワイバーンの絶叫と、対照的に寡黙な騎士の決着の行く末を創志はなんとなく察してはいた。騎士の背後に立つ巨漢の眼には少しも怯えがないのだから。静かな湖面の様な漆黒の瞳には、もう既に結末を知っているかのようにすら思える。

 そして、決着は訪れた。

 雄叫びと共に迫り来るワイバーンが太刀の間合いに入った瞬間、銀色が閃いて夜闇を一瞬斬り裂いた。同時、ワイバーンの左足がその足首から斬り落とされる。銀色の騎士と誠は予定調和の様に、バランスを崩したワイバーンの身体をやり過ごして血飛沫すら回避してみせる。

 脚を欠損し、繊細なバランス感覚を失った角のワイバーンは無様にも地面へと激突し、猛烈なスピードで砂埃と煉瓦の破片を撒き散らしながら誠の後方へと過ぎ去って行く。小規模とは言え、起きたことは航空事故と言って差し支えがない現象に、ワイバーンの被害も甚大だ。

 勇ましく立ち上がって「GAOOOO!」と咆哮を上げる口の牙は何本か折れてしまっている。あまりの衝撃に雄々しい角は欠け、逞しかった翼は曲がり、強靭な鱗は剥がれ、鋭い眼は片方が潰れている。

 しかしそれでも飛龍は飛竜。人を超えたその力は健在であり、衰えたとしても未だに威風堂々たる姿に陰りは感じられない。今からでも全校生徒を相手に闘い、勝利することも不可能ではない存在感があった。

「まだだ!」

 が、北沢誠はそんな創志の印象を許しはしない。傷つきながらも一層その気迫を増すワイバーンに創志が唾を呑んでいる間に、誠は地を蹴って駆け出していた。腕と胴に怪我を負ったはずだが、巨体に似合わない機敏な動きはその影響を一切感じさせない。力強く腕を振りながら追撃の為に砕けたレンガの道を走る。

「GAWOOOO!!」

 迫り来る誠を前に、ワイバーンが血を噴き出しながら絶叫を上げる。同時に欠けた角が淡く発行を始める。今更、ただ角が光るだけの威嚇行動と言うことはないだろう。何か、この現状を打破すべく動き出していると見て間違いない。

 さて、その意味は直ぐにわかった。吠え猛るワイバーンの琥珀色をした二つの瞳の前に、火の玉が現れたのだ。無論、糸で吊られているわけではない。輪郭をゆらゆらとつらしながら、燃え盛る火炎が空中に浮いている。それは角の輝きが増すごとにより激しく燃焼して巨大さを増して行く。最終的にそれは人を飲み込む程の大きさとなり、真っ直ぐに大気を焦がしながら誠へと解き放たれた。

『魔法』としか表現のしようのない現象。昨日までの創志であれば、その不可思議で理不尽な火球に大きく目を剥き、興奮しながら喝采を上げただろう。

 が、既に学校ごと異世界に飛ばされた創志には、飛ぶはずもない怪鳥が飛ぶのを見た創志には、ワイバーンの夫婦を見た創志には――


「【第一の術:アダン】!」


 ――北沢誠と彼が操る呪文と白銀の騎士を見た創志には、それが魅力的な神秘には思えなかった。

 再度誠の口から唱えられた呪文により、白銀の騎士が現れる。小さいながらも鈍重そうな姿とは裏腹に、小さな騎士は誠よりも更に速い。既に抜刀を済ませ、夜の月の冷たさを帯びたような色あいの刀身を振り上げながら火焔球へと迫る。

 そして、火の玉を切り裂かんと振り下ろす。如何なる原理によって産み出されたかも知れぬ火の玉は、銀閃が縦に走ると同時に半ばまで断たれ、球状を維持できなくなると、蝋燭の火よりも儚く空中に溶けて消えた。

 残されていた力を振り絞って放たれたであろう火球が霧散し、ワイバーンと誠の間に遮る物はなくなった。満身創痍の飛龍に対して、誠と銀騎士の動きに淀みはない。最早、決着は目前。天秤の上の死ははっきりとワイバーンへと傾き、ネットに引っかかったボールが落ちるのは誠の方ではない。

「GRUUUUUUUUUUUUUUU!!!」

 それでも、有角のワイバーンは吠えた。自らの力を誇示するように、未だに折れぬその魂で立ち向かうように、誠を睨み付けてボロボロの身体でありながら王者のように振る舞う。絶叫と共に首をしならせ、自らに逆らう小さな存在を飲み込まんと鋭い牙が並ぶ口で誠達を飲み込もうと襲い掛かる。

 が、所詮は虚勢。既に勝負はついている。

 誠は紙一重で襲い掛かる狂った牙を回避する。が、それは見切りから来る余裕であり、必死からの行動ではなかった。攻撃を外し、完全なる死に体となったワイバーンの首に手を当て、三度、呪文を唱える。

「【アダン】!」

 同時、姿を表した銀色の甲冑が神速を持って腰の太刀を引き抜き、飛龍の首へと刀身を叩きつけた。不自然なまでに真っ直ぐな波紋を持った刃は空を斬るように容易くワイバーンの太い首を切り裂き、真っ青な血が噴水の様に吹き上がり、水が地面を打つ音だけが暫く夜のしじまに響き渡った。




「ふう」

 首を刎ねて完全に息の根を止めたワイバーンの生首を見て、誠は深く溜息を吐いた。今回も、薄氷を踏むような戦いで、ギリギリの勝利であった。生きている奇跡と、十七年に渡って鍛え上げた自分自身の力量に感謝せざるを得ない。

 しかしこの飛龍、頭部だけで誠と同じくらいの大きさだ。一体、何を食べたらこんなにも大きくなれるのだろうか? いや、キリンやゾウのような草食動物の方が、ヒョウやライオンよりも大きな身体をしていることを考えれば、食べ物は関係ないかもしれない。

 考えても答えなど出るわけがない。後で創志にでも聞けば教えてくれるだろう。そんな風にまとめて。物言わぬ飛龍の首から目を逸らし、今度は「チン」と納刀を済ませた白銀の騎士――天地開闢(アマツチアケヒラク)伊波比主神(イワイヌシノカミ)へと視線を送る。

 誠はこの騎士のことを良く知っている。完全ではないが、十全に理解が及んでいる。

 この騎士は遥かなる昔、時間も場所も関係ない多次元宇宙の一つの始まりの形である。

 その性質は、無垢なるモノの闇を切り開いた光明の神にして、全てを切り裂く刃の頂点を誇る武神。全ての剣閃はこの騎士の一振りから始まり、全ての剣閃はこの騎士の一振りの模倣に過ぎない。

 あらゆる剣士の起源であり、頂点であると言えるだろう。

もっとも、あくまでこの空間に存在する天地開闢(アマツチアケヒラク)伊波比主神(イワイヌシノカミ)と言う名前の存在は、北沢誠の剣士としての才能の発露であり、誠の中に眠る力をより表現する為に産み出された誠の分身の様な物だ。日本の古き神の様な名前も、あくまで誠が生み出した存在だからである。

 もし、仮に本物の『剣閃』が具象化したとすれば、次元そのものが切り裂かれ、新たな世界が再び産まれていたことだろう。

 あくまでも、誠の才能がかつて存在した神の姿を真似ただけということだ。『呪文』と言う形を取らなければ、その真価を発揮することもできない、ワイバーン如きに苦戦する、神の劣化模造品。それが誠の銀騎士天地開闢(アマツチアケヒラク)伊波比主神(イワイヌシノカミ)である。

 誠はそういう風に小さな銀騎士を理解している。

「はあ。説明するの面倒だな」

 が、こちらに駆け寄って来る創志や、食堂から様子を窺っている連中にはわかるまい。誠が説明下手と言うこともあるが、それ以上にこの力は理屈ではないのだ。魂の根源から生まれる力であり、理性ではなく心で振るうもう一人の自分なのだ。

 これから繰り返される質疑応答を考えて、誠は頭を押さえる。

 が、その口元は笑っている。


「でも、ま。ようやく面白くなってきたかな?」

 面白くなって来た所で、このお話は終幕です。

 長々とご付き合いありがとうございました。


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