第2話:生存率0.1%の奈落へ。底辺配信者、怒りだけを燃料に進む
段ボール一つ。
それが、三年間所属した大手配信事務所ブレイブ・チューブから追い出された俺の全荷物だった。
社長室で無能と切り捨てられ、退所手続きを終え、機材を返却し、最後に渡されたのがこの段ボール。
中身は、使い古したマイク、安物の録画デッキ、そして事務所支給の名札。
どれも、俺が底辺配信者として過ごした日々の象徴だった。
事務所の自動ドアが閉まる音が背中に刺さる。
東京の空は、まるで俺の心情をなぞるように冷たい雨を降らせていた。傘を持っていない。
段ボールを抱えたまま濡れるしかない。だが、そんなことはどうでもよかった。
胸の奥で、怒りが静かに燃えていた。
理不尽な扱い。
数字だけで切り捨てられた日々。
努力を嘲笑された時間。
配信者としての価値を否定された屈辱。
それらが、雨よりも冷たく、重く、俺の全身を締め付ける。
だが、その怒りは、ただの感情では終わらなかった。
俺の足は自然と、ある場所へ向かっていた。
生存率0.1%、未踏破。世界最凶のダンジョン。SSS級ダンジョン・奈落の穴。
東京湾沿いの再開発区域。
そこにぽっかりと開いた巨大な縦穴が、奈落の穴と呼ばれるダンジョンの入り口だ。
地上から見えるのは、黒い闇だけ。
内部の構造は誰も把握していない。
踏破者はゼロ。
挑戦者のほぼ全員が帰ってこない。
生存率0.1%という数字は、誇張でも演出でもなく、現実だ。
雨の中、段ボールを抱えたまま歩く俺を、通行人は奇異の目で見た。
だが、誰がどう見ようと関係ない。
俺はもう、配信者としての肩書きも、事務所の看板も、守るべきものも失った。
残っているのは、怒りと、意地と、底辺から這い上がりたいという本能だけだ。
奈落の穴の入り口に立つと、警備員が声をかけてきた。
「挑戦者か?登録は済んでるか」
俺は濡れた段ボールを地面に置き、ポケットから個人配信者用の挑戦登録カードを取り出した。
事務所をクビになった今、俺はただの個人配信者だ。
カードを見た警備員は眉をひそめた。
「……本気で行くのか。ここは、死ぬぞ」
「知ってます」
俺は短く答えた。
警備員はそれ以上何も言わなかった。
止めても無駄だと悟ったのだろう。
奈落の穴の縁に立つ。
地上の雨音が遠ざかり、穴の底から吹き上がる冷気が肌を刺す。
視界は闇に沈み、底は見えない。
だが、俺は一歩踏み出した。
この瞬間、俺の人生は完全に変わった。
事務所に切り捨てられた底辺配信者が、怒りだけを燃料に世界最凶のダンジョンへ挑む。
この行動が、後に世界中の視聴者を震撼させる配信者の誕生へと繋がることを、今の俺はまだ知らない。
段ボールは雨に濡れ、地面に沈んでいく。
俺はそれを振り返らなかった。
過去は捨てた。
必要なのは、これからだ。
奈落の穴の闇が、俺を飲み込んだ。
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