第10話:巨人の扉
上限突破を付与したスニーカーの光は、もはや暴走の兆しではなく、足元に宿った異常な性能を静かに示す淡い輝きへと変わっていた。
奈落の通路を音速で駆け抜けた直後の混乱はすでに消え、体は速度に馴染み、空気の流れを読み、岩壁の影の揺らぎすら罠の位置として認識できるほど意識が研ぎ澄まされていた。
ただ速いだけではなく、速さそのものが理解できる領域へと変質し、奈落の地形が脳内に地図のように描かれ続けていた。
奈落の第1層は本来、複雑な岩肌の通路が迷路のように入り組み、A級配信者でも数日かけて慎重に進む必要がある危険地帯だった。
岩壁の影には魔物が潜み、足場の悪い場所では滑落の危険があり、通路の奥には罠が仕掛けられ、少しでも気を抜けば命を落とすような構造になっていた。
だが今の速度は、その全てを理解した上で無視できるほどに洗練されていた。
靴が地面を蹴るたびに空気が裂け、岩壁の影が線のように伸び、奈落の通路が高速道路のように後ろへ飛び去り続けたが、視界はもう混乱していなかった。
速度が体に馴染み、空気の流れが読めるようになり、岩壁の影の揺らぎが罠の位置を示すように見え、魔物の気配が通路の奥からわずかに滲み出す瞬間すら認識できるほど意識が研ぎ澄まされていた。
ただ速いだけではなく、速さそのものが選択できる力へと変わっていた。
通路の曲がり角を滑るように曲がり、岩肌の段差を跳び越え、罠の仕掛けが作動する前に通り過ぎ、魔物が反応するより早く視界の外へ消え、奈落の地形そのものが速度に追いつけず、ただ後ろへ飛び去る背景と化していった。
靴の光はまだ消えず、ソールが岩肌を蹴るたびに空気が破裂するような衝撃が耳の奥を震わせ、体が前へ投げ出されるように加速し続けたが、その加速はもう暴走ではなく制御された推進力だった。
奈落の第1層が、ただの通路ではなく走破可能なルートとして脳内に地図のように描かれ続けていた。
そして、速度が自然と落ちた瞬間、視界の奥に巨大な影が現れた。
奈落の第1層の最奥。
数日かけて探索する配信者たちがようやく辿り着く場所。
巨大な岩壁に埋め込まれた黒い扉。
その向こうには、この層の支配者──巨人が待ち構えている。
扉は巨大で、黒い岩を削り出したような質感を持ち、表面には古い紋様が刻まれ、奈落の奥から冷たい気配が滲み出し、岩壁の奥から響く低い唸りが空気を震わせていた。
その気配は奈落の狼とは比べ物にならず、岩肌の奥に潜む何かがこちらを試すように気配を揺らし続けていた。
扉の向こうには、確実に巨人がいる。
視聴者数は1000に急増していた。
画面の下部が白い文字で埋まり続け、コメント欄が困惑と興奮で揺れ続けていた。
「おいそこボス部屋だぞ!」
「ジャージ姿のまま入るな!」
「準備ゼロで突っ込むやつ初めて見た」
「巨人だぞ巨人!死ぬぞ!」
視聴者たちの叫びが画面越しに押し寄せ、奈落の第1層の最奥で、扉の向こうから冷たい気配がゆっくりと滲み出していた。
その気配は、今までの奈落とは違う本物の敵の気配だった。
そしてその気配が、扉の向こうで静かに牙を剥こうとしていた。
手が扉へ伸びる。
速度ではなく、意志で。
そして──扉がゆっくりと開いた。
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