壱岐神社(福岡市、西区)
考えを軽んじられたり、否定されたり、歩み寄ってもらえなかったり。
俺の人生では、どちらか一方でも距離感バグってると、発生することがあった。
近すぎると衝突も増えるし、遠すぎると関われない。
…相手ごとの適切な距離の測り方を教えてください。
―――
スマホの検索結果と思われるスクリーンショットが送られてきた。
"壱岐神社 一の鳥居"と書かれている。
金曜日の夜。
締めである感謝の報告の後、湍津姫様へお酌をし、お姿を隠されるのを見届けた。
鼻歌を歌いながら、スーパーで買った茶色系の惣菜たちと保温されていたお米、そしてビールでテーブルを埋めていく。
最後に置かれたスマホには、中途半端なやり取りで止まったチャットが見える。
バイクと旅行が好きな友人との、何気ないやり取り中。
宗像大社に興味を持ったのも、この友人の情報がきっかけだった。
「ここは、なんで興味持ったの?」っと。
文章を送信し、噛み切った惣菜を咀嚼しながら、ビールへ手を伸ばす。
おっ、この惣菜は当たりだ。
しぽっ
返信音が聞こえる。
「なんとなく」
雑ぅ。大雑把?相変わらずだ。
凍える夜の道路をバイクで移動し、大型トラックの後ろに張り付いて、排気ガスで暖をとった話。
オーストラリアでハーレーに乗った集団に近づき、バイク好きアピールで意気投合し、後ろに乗って移動した話。
屋久杉を宿の予約なしで見に行って、老夫婦の宿で1週間、孫のように過ごした話。
どれも俺には縁のない生き方だ。
あと、聞かされたネガティブな話は、後日、どうなったか聞いても忘れてる。
塾の講師をしている、そんな彼女の授業は、きっと面白いんだろうなぁ。
俺は、程よく酔った頭で、雑な明日の予定を立てた。
―――
「おはようございます。本日も一日、よろしくお願いします。」
目線より高い位置へ祀られた方へと手を合わせる。
「よろしくお願いします。」
そして、中津宮のお守りにも挨拶をし、丁寧に鞄へ納めた。
今回向かう壱岐神社は、俺の住む博多区と糸島市の間にある感じだ。
壱岐島にある壱岐神社だと思っていたが、友人の写真はそうではなかった。
車で向かう途中、老舗っぽいうどん屋で遅い朝食を、と立ち寄る。
人気なお店のようで、順番待ちのリストに苗字を書き込んだ後、じっくりと商品ディスプレイを見ることができた。
そっちに進化したかー、って思った「カツカレーうどん」
個人的に信じられないサイズの「ジャンボ丼」
「三昧セット」と紹介された中の一品に見かけた「梅ヶ枝餅」
梅ヶ枝餅って太宰府天満宮とかで売ってるヤツ?
似た感じの商品は見かけたことがあり、そっくりさんかと思ったが、奥に「太宰府名物 梅ヶ枝餅」と書かれた見本が置かれていた。
菅原道真公は、この辺(西区)を通って、太宰府まで行かれたのかね?
いや、気になっただけで特製うどんを食べたよ?
美味しかったです。
―――
壱岐神社、一の鳥居で検索したルートだったので、大きな駐車スペースを期待して、少し手前で見かけた駐車場をスルーしてしまった。
勝手に期待してはいけない。そんなものはない。俺も勝手に期待されて失望されるなんて嫌だ。
どこかなぁ〜と声に出しながら駐車場を探して道を外れる。
「おおおぉうぁ!?」
突然、視界が松で埋まり、背筋が伸びた。
初見の生の松原は圧巻だった。
何なら、少し怖かった。
駅のそばの駐車場に車を停め、壱岐神社本殿へ参拝。
本殿裏を覗くと、一本の松が視界に入る。
ありえないほど傾いてるのに、曲がった幹と梢で支えてる感じ。
うはぁ、すっごい。
そのまま周囲を見渡すと、ちょうど桜の咲き始めで、花見でしっとり盛り上がっている一団が見えた。幸せなお社だ。
すれ違う人にも挨拶を受け、挨拶を返す。心が洗われる。
生の松原に囲まれた異世界感のある参道を通り、二の鳥居を抜ける。
松に囲まれた一の鳥居、その先に見える海は不思議な光景で、美しい。
天気の良い海沿いの石畳を歩く。
遠くに見える突堤まで行って折り返すか。
ゆったり歩いていると、何かと思い起こす。
宗像大社の女の子、連絡先交換しないで済んだけど、マジで何だったんだろうとか、昨日の晩メシのあれ、また買って帰ろうとか、昼に食べたうどん屋で見かけた梅ヶ枝餅とか。
梅ヶ枝餅、そうだった忘れてた。
ネタになるなぁと、ここを教えてくれた友人にパパッとメッセージを送って、引き続き歩き始めた。
しぽっ
「じゃあ今度、一緒に太宰府天満宮に行こうよ。」
カバンの中で、俺の気づかぬ返信を受けたスマホが、薄暗く光っていた。
本作はフィクションです。
作中に描かれる神や出来事は、信仰や感じ方の一つの形を表現した創作です。
実在の宗教・信仰・人物とは関係なく、それらを否定・評価する意図はありません。




