太宰府天満宮、菅原道真公
感謝などの善意の思いを伝えるのが苦手だ。
負の感情は簡単に伝えられるのに。
それとは別に、めっちゃ素っ気ない対応なのに、心を感じたことがあった。気持ちの乗せ方が上手いのか?
経験から学ぶ技術の一つなのかと感じた。
だけど、受け取る方も余裕や経験が必要そうだけど。
―――
「左?本当に?お椀を持つ方だよ?」
「私、右手でもお椀持つし!」
そんな意味じゃねぇー
俺は今、車に友人を乗せて、太宰府天満宮へと向かっていた。
普段はバイクで走り回っている彼女も、一緒に移動する人間が車なら、と同乗を求めてきた。
逆の立場なら、俺もそうした。
旅好きな友人なので、何かと心強く感じていたのだが、ガイド中、稀に右折、左折の説明を間違う。
これは複数人の旅でしか影響しない。即ち今だ。
頼り切ったらダメだ、自分でもしっかりと案内板を見ていこう。
いくつかの雑談の後、太宰府天満宮の駐車場に到着した。
料金は前払いで、駐車場料金の支払いと引き換えに、栞のようなチケットをもらう。
無事に着くことができました。いつもありがとうございます。
車を降りて、すでにいる人の流れに乗る。
まだ9時頃だが、大型の観光バスが何台か停まっている。
「この時間で、開いていない店もちらほらあるのに、この参拝者の数かぁ…」
太宰府天満宮の駐車場から、参道と車道が交差する一番大きな交差点で、信号を待ちながら奏恵さんにこぼした。
参道の先へと視線を向けたままの彼女が、無言でゆっくりと二度頷いた。
コレは集中して旅を楽しむモードになっているのでは?
参道の突き当たりを左に向かうと本殿がある。
その突き当たりから本殿へ向けて礼を行った。
お邪魔いたします。
―――
参道は参拝客の密度が高く、さらに連なる橋の上を渡る。
少なくとも今日は、立ち止まることすら難しい。
恐ろしく整えられた景観なのに、今は楽しむより、渡り終えたかった。
「秋野くん?」
奏恵さんが、すれ違う男性に話しかけた。
俺、他人のフリしますよ?あっち行ってますね。
「…カップルでくると、別れるって聞きません?」
手遅れだった。
秋野さん、と呼ばれた男性が、俺を認識した上で、奏恵さんに返事したようだ。
あと、色々すげぇな。初対面でそれ言えるのは。
道真様、神聖な境内に鬼がいます!
「橋の上で振り返ると、願いが叶わないらしいよ?」
アンタが今、仕組んだんだよそれ。
道真様、ここにも鬼がっ!?囲まれてます、ここは俺に任せて奥へっ!
「…はぁ」
ため息?秋野さん?これ以上やめてくれ、俺の読める空気が減るっ
「熊ちゃんには、どっちも関係なくてよかったね。」
どういう意味だよ、願いくらいあるわ。
なんで俺に飛び火したんだよ、ここなら飛梅じゃねーのかよ!…道真様、俺はもうダメです。
「参拝者の邪魔になるから」と伝え、そのまま皆で橋から離れた。
なんか誰も話し出さなそうなので、二人の目を順に見た上で、無難な言葉を選んだ。
「二人は友達?」
「…職場の同期。」
奏恵さんが珍しく機嫌が悪い。
いつもはガハハと気にしないキャラなのに。
とりあえず今回は、秋野さんが怒っていることに気づいてないか、怒っている理由が自分にあると分かってないな。
「奏恵さん、ジンクス知ってて、秋野さんが振り返るように話しかけました?」
―――
奏恵さんが秋野さんに謝り、秋野さんも許したようだ。
思い当たることがあったのか、「そっかぁ」と呟き、その言葉に秋野さんはバツの悪そうな表情をした。
秋野さんは、俺たちと一緒に、もう一度参拝することにしたようだ。
それアリか、なるほど。
秋野さんと会話していると、冷静で理知的である。
正直、見ず知らずだった俺を巻き込んで、嫌味を言う感じではない。
てことは、奏恵さんは、秋野さんの本当に真剣な願いを邪魔しちゃったのでは?
ダメだよ。
参拝を終えて横に下がると、秋野さんはまだ参拝中だった。
手を合わせたまま動かない秋野さんを、舞う飛梅の花びらを眺めながら、待った。
俺たちを確認して合流してきた秋野さんと、このまま解散はもったいない気がして提案してみる。
「朝、食べてないなら、一緒に店探して食いません?」
反論はなかった。
皆でそこそこ開き出した店を覗き、程なく店を決めて入店した。
「熊ピーは、小林先生の友人かなんか?」
隣でコーヒー飲んでた秋野さんが、目も顔も向けずに聞いてきた。
距離感。小林先生とは奏恵さんの苗字だ。たぶん。あと距離感。
「友人かなぁ。アキノンは何を願いに来たの?」
どうや、距離感返し
「…普通、それ聞くー?」
いや、普通は聞かねーよ!あと君には効いてねーな。
奏恵さんは出てきた料理の写真を嬉しそうに、色んな角度で撮っていた。
―――
アキノンと電話番号を交換し、「そんじゃ、また」と駅に向かう彼を見送った。
俺と同じ歳だと知り、昔からの友達のように感じた。じゃあ、今度は居酒屋で。
俺は奏恵さんと境内散策を再開した。
山道の途中、連なる赤い鳥居を潜り抜け、天開稲荷社を参拝後、あの有名な竈門神社へ向かうトンネルを見かけた。
…トンネルを抜けた後、山を2kmほど登るらしい。
こちらを向く奏恵さんの笑顔を見た俺は頷き、共に迷うことなくトンネルとは反対へと歩き出した。
本作はフィクションです。
作中に描かれる神や出来事は、信仰や感じ方の一つの形を表現した創作です。
実在の宗教・信仰・人物とは関係なく、それらを否定・評価する意図はありません。




