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幣立神宮(前編)

車好きの友人である誠也くんの部屋にあった、公道レースの漫画を読んだことがある。

ただ、ニワカな俺には、読み続けることが難しかった。


その作品がアニメで放映されることを知った。

誠也くんとの話の種になるかな?と軽い気持ちで録画した。


俺は魅入ってしまった。


車の性能差だけでなく、運転する人間の個性と心理描写。

駆け引き、幾つもの要因、理解者・解説者の存在。

漫画に描かれていたことを、無知な俺にでも理解できるように、魅力を引き出して伝えてくれている。


アニメ化される以前からあの漫画が好きな人達には、俺が今このアニメで感じた以上の世界が、頭の中に広がっていたんだろうな。


これを作り上げた人たちも凄いし、そういった車を乗りこなした経験のある人たちも羨ましい。


そういったものが、俺も欲しいな。


―――


阿蘇で食べた鴨南蛮蕎麦がね、美味しかったんだよ。


そうとう前だが、熊本に住む誠也くんに連れられて、阿蘇山のドライブ中に立ち寄った休憩所。


プレハブのような薄い壁の建物の中で、失礼ながら期待せず注文した鴨南蛮蕎麦。


最初にスープを確かめようとして、猫舌気味の俺は悶絶する。

表面を覆った濃くて旨みのある油のおかげか、長く熱々を保持し続けていた。ちょっとまだ飲めない。

麺は綺麗に細く、程よく柔らかいせいか、濃厚な甘辛いスープを含むように、よく絡んでいる。

口に運ぶと鴨南蛮特有の香ばしさが鼻を抜ける。柔らかいのに歯応えも感じ、蕎麦と絡むスープを口の中で楽しんだ。

薄切りで乗せられた赤茶色の鴨肉を、勿体ぶってしばらくスープの上で遊ばせていた。染みたかな?

箸で持ち上げると、だくだくとスープが落ちていく。いかん、このスープも一緒に味わいたいんだ!

周りには申し訳ないが、音を立てて口へ放り込んだ。

「口の中、火傷したなぁ」とか思いながら、肉のさっぱりさと、噛むたび滲み出るスープに溶けた肉の味を楽しむため、しっかりと咀嚼し続けた。

そして、ゆっくりと減っていく蕎麦を見て、とても悲しい気持ちになった。


今度は自分の車で、また食いにいくか。


―――


はい。

私は今、大人4人を乗せた軽自動車を運転しています。


友人たちとのチャットに書き込んだ蕎麦の話に、雪とリクオミが喰いついた。


俺より頭ひとつデカいリクオミに、お前が乗れるサイズの車じゃないと伝えるが、言葉が通じなかった。


そうなると雪は後部座席になるが、俺の車のシートで長距離だとキツイぞと言っても、あーアタシは大丈夫、と返して来た。そうか。


別の日に断片的にチャットを眺めたノグっちが、熊さんも前田も、蕎麦食うためだけに熊本まで行くの?バカじゃない?とか返して来たが、で、何時にどこに集合?と連投してきた。バカ追加な。


―――


当日。

リクオミだけは、律儀にも俺の家まで来ていた。こういう奴だ。

頃合いを見て、ノグっち、雪の順番で拾っていくことにした。


比較的広い助手席は、リクオミ確定である。

縦だけじゃなくて全体的にゴツいから、閉じ込められているようで可哀想だった。


ノグっちを拾う。

「前田、お前今だけでも縮めよ。」

と狭い後部座席に詰められてご立腹の様子。

リクオミは仰々しく笑っていた。


雪を拾う。

「バカでーす。」

いつもの落ち着いたテンションでノグっちに笑顔を向ける。大丈夫、それはここにいる全員だ。


ひたすらアクセルとハンドルが重い。

大人が4人乗ると、こんなに風に感じるのか。知らなかった。


距離もあるため高速一択だったが、ちょっとでも登りの傾斜がかかると、80kmも出さずに、エンジンの音がおかしくなる。超不安。

「熊さん熊さん、これ走りながら分解しそうじゃない?」

何で嬉しそうなの?


リクオミも雪もソレを聞いて笑っていたが、どの方向の笑いかは判別できなかった。


―――


高速のサービスエリア。

休憩にはちょうどいいと立ち寄る。


今日も無事に過ごせています。道中お見守りいただきありがとうございます。

…この後もよろしくお願いします。


車から降りて背伸びをするリクオミ。


「…っあぁ…地獄のような狭さだったよ…」

楽な地獄だな。まだまだ続くよ。


「もっと大きい車買いやがれっ。」

好き勝手言いなさる。もうお前はノグだ。


「おーん。言ってやって、言ってやって。」

どんな立ち位置だよ。

コイツ、ちゃっかりクッション持ってきてて感心した。


せっかく寄ったんだからと、店舗内を一人でうろついていると、ノグが困り笑顔で近づいてきた。


「…アイツら喫煙所行きやがってさぁ」

まぁそれは仕方ない。



ノグと展示された商品を眺めていると、窓越しに無垢な目をして咀嚼しながらリクオミと雪がこちらを見ていた。

ごめん、おなかすいて…そんな思いが宿った目だった。

なるほど、奴が手に持っているカップには、きっと熱々の茶色い惣菜が入っている。

ゆるさんよ。



「お前ら正気か!?」

表に出て開口一番。

ノグ、同じことを思ったよ、言ってやって、言ってやって!


「俺の分は!?」

お前…言うと思ったよ。


俺の恨めしい顔を見たリクオミが、手に持つカップを差し出して言う。


「だってぇ、ここから一時間くらいは食えないんじゃん?少しは食っとこうよ」


朝からみんな何も食ってないんならな!

高速乗る前に皆でコンビニ寄って、そこそこ買って食っただろうが!


…しかし、これは腹具合を合わせないとなぁ…俺も切り替えていけ!

リクオミの差し出すカップに手を伸ばし、それが空であることを知る。…いい笑顔を向けやがって。


「お前ぇ!」

「ぐはぁ!」

お礼を横腹に返しておいた。


周囲を見渡し、手頃な揚げ物を購入した。

熱々は匂いが強い。急激に腹が減ってきた。

さっき食ってた楊枝や串をもった影が、匂いに釣られて寄ってきた。


「ちょっとちょーだい。」

雪がひとつ持っていく。


「ちょっとちょーだい。」

リクオミの串が刺して奪った量はチョットって次元じゃねー!笑ってしまった。


「ちょっとちょうだい。」

なくなる。


「お前ぇ!」

「ぶはぁ!」

とりあえず一番獲得ポイントの多いリクオミの横腹に、景品の一撃をいれておいた。


―――


「っあー…腹も膨れたしぃ…帰る?」

想像通りだよ馬鹿野郎。


「お前ら、目的を思い出せ…意思は無いのか」

わざとらしく仰々しく伝える。最低限の嫌味だ。


「いし?ナニそれ。固いの?」

さっきまではな。


雪が興味なさげに車へ足を向けた。

「はーい、行くよー。」


「はい」

俺らは従った。


狭い車に時間をかけて乗り込みながら、皆がスマホを操作し始めた。

食に向けた興味が失われ、観光へと目的がシフトしたからだ。

じゃあ、意見を聞こうか。


「あー、じゃあアタシ、阿蘇(あそ)神社か、幣立(へいたて)神宮行ってみたい。」


後部座席。雪が隣に座るノグに寄り、スマホの画面を見せる。


「よし!前田、お前選べ!」


何かある度に、リクオミに文句いうノグの姿が目に浮かぶ。

何もなくても言ってそうだが。


「オレぇ?オレかぁ…。幣立神宮には行ったことないなぁ。ユキさんは?」


雪の方へリクオミが視線を向け…れない。

彼にこの世界は狭すぎる。


「アタシも、幣立神宮は行ったことないですねェ」


じゃあ、ここで。雪からそんな意思を込めた視線が俺に送られた。


バックミラー越しにノグの良い顔が見える。


「じゃあもう決まりだよ、熊さん。帰ろう。」

なんでだよ。


―――


嘉島JCTから、開通してまだ数年の九州中央自動車道へ移る。

一般道に降りるまで、ずっと登り傾斜で1車線。


俺の車は泣き続け、狭い車内と合わせて騒がしいまま、幣立神宮の駐車場へと到着した。


4人で鳥居を前に立ち止まり、礼をする。


お邪魔いたします。


「おじさんたち、ありがとう!」


鳥居をくぐると、突然後ろから子供と犬?が横を走り抜け、石段に向かった。

一緒に立ち止まって見送っていたリクオミと目を見合わせ、無反応な雪とノグを追った。

本作はフィクションです。

作中に描かれる神や出来事は、信仰や感じ方の一つの形を表現した創作です。

実在の宗教・信仰・人物とは関係なく、それらを否定・評価する意図はありません。

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